Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

#13「Red」

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青だ。完膚なきまでに青。

家の小さなガレージの中。シャッターは閉まっている。

目の前には、青色に塗りつぶされた紙が一枚。

海だろうか、夜だろうか、空だろうか、心だろうか。

あるいは、その全て。全てを飲み込んでしまう青。

 

静かな夜。秋の大気は冷たい。私はセーターの中で震える。

寒い、けれども、心臓は確かに動いていた。

外では風が吹き出した。

閉じられたシャッターが風に鳴る。

夜に、世界の声がこだましているようだった。

 

植木鉢というのは、殴るとあんな感じに壊れるのだ、と言う事を今日、19歳の昼下がりに初めて知った。

オーディションの落選の通知はメールで来た。

二週間前に受けた、ダンサーの仕事のオーディション。

何度目かわからない、失望。

いらだちまぎれに、部屋にあった植木鉢を思い切り殴った。

植木鉢は大きな音を立てて割れた。

音に驚いて母親が部屋に来たとき、私は手の甲から血を流して突っ立っていた。

 

母に絆創膏を貼ってもらったあと、しばらくの間、部屋でぼんやりと座っていた。

夕暮れを迎えるころ、部屋の壁に貼られた世界地図が私の目に入ってきた。

 

だから、

だから、近所の画材屋に走って青いペンキを買った。そして、世界地図と一緒にガレージに入った。

 

私はそこで、世界地図の表面を青く塗りつぶした。

ペンキはガレージの床に、セーターに、飛び散った。

大陸は全て青に沈む。

これでいい。

一つの陸地を見続けていたら、別の大陸に行く事はできないのだから。

 

シャッターの音。

世界は震えるように鳴いていた。

鳴き声、の、悲しくきしむ音。

私は、その声と踊る。世界と踊る。

踊れ、孤独な海を、夜を、空を、心を!

 

私の足は、ガレージの床を、青い世界地図の上を弾む。

乾いていない青いペンキが足の裏に付いた。

踊れ、孤独な海を、夜を、空を、心を!

 

……。

 

風がやんだ。世界も、鳴きやんだ。

ガレージの中は、私の呼吸と拍動だけが響く。

まるで胎内のようだった。

私は、手の甲の絆創膏をはがした。

手は傷ついていた。

 

 

赤い血が一滴。

真っ青な世界地図に落ちた。