Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

Storyteller in art Vol.12「河川敷にて」with 椛島恵美

Storyteller in art 第12回はシンガーソングライターの椛島恵美さんです。

 

恵美さんの曲は、家族の絆や、明日への希望に満ちています。ご本人もとてもエネルギーに満ちた方で、パフォーマンスは温かく、表情豊か。観客を明るくするための力を持っています。

 

昨年上演された萩谷脚本の舞台「きざむおと、」にも出演してくださいました。

初の舞台出演、たくさんの感情の引き出しから様々な表現が飛び出し、パフォーマーとしての能力をひしひしと感じました。

 

今回は、絆と希望にインスピレーションを受け、物語を書きました。

物語の中で「光へ」という曲の歌詞を引用させていただいています。

 

どうぞ、お楽しみください。

 

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平日の夜。地下鉄の窓ガラスには、会社帰りの疲れた26歳の顔が映っていた。

「今日も仕事はつまらなかったな」と、日課のように一日を反復する。ここ最近、毎晩こんな感じだな、と、思った。何も、進歩のない、毎日の繰り返し。

私は、携帯で、女性向けの美容健康関係の記事を眺めていた。

『明日のために今日をリセット!』

……毎日リセットしてたら、そりゃ同じ日々の繰り返しにもなるわな。

 

 

『姉ちゃん、ちょっと相談あるんだけど、近々話せない?』

 

ぼんやりと画面をスワイプしていると、突然、見知った名前からのLINEメッセージが画面上に現れた。

そうして私は、人生で初めて、4つ年下の弟の相談を受けることになった。

 

、、、、、、、、、、

 

弟は、私とは正反対だった。

あの子は、小さい頃から真面目ないい子で、外面も良く、勉強もできた。

中高と生徒会長をつとめ、皆の期待を背負って、誰もが名前を知っているような一流大学に進学した。

 

昔から、やることなすこと全てが中の下だった私は、この弟と比べられるのが本当に嫌だった。しかし、同じ親から産まれた二人は、周囲からしたら悲劇的にも、とっても比較がしやすい。弟がほめられ、私はその脇で引きつった笑いを浮かべて所在無さげに立っている、という状況は腐る程経験した。当時の私は、無意識に弟を他人であると思い込む事で劣等感を回避していた。

その結果か、なんとなく弟とは互いに気持ちが疎遠になってしまった。弟の方も、中学生の頃くらいからそれを感じ取っていたのだろう、家にいても会話をする事が無かった。

現在、二人とも実家を離れて暮らしているが、正月に実家で顔を合わせても、やはりほとんど会話は無い。

 

、、、、、、、、、、

 

土曜日の夕方、私たちは会う事になった。

弟の下宿先のアパートがある最寄りの駅の改札前で、私たちは待ち合わせた。

私が時間ぴったりに行くと、弟は既に待っていた。

「ひさしぶり」

弟の顔をちゃんと見たのは何年ぶりだろう。私を見る笑顔には、努力と苦難と成功を繰り返してきた無意識の自信、のようなものが漂っていた。

「正月あったじゃん」

「まあ、そうなんだけど」

「ありがとね、わざわざ」

「どこ行く?」

「河川敷歩こう」

 

そう言って、弟はすたすたと歩き出した。この駅は多摩川の河川敷のすぐ近くにある駅で、ちょっと歩くと川沿いに出る事ができた。

 

私は、歩きながら、二人の距離をはかりかねていた。

弟の背中からも、それは若干漂っていたと思う。

 

休日の河川敷は、家族連れや小中学生が平和そうにそれぞれの人生を謳歌していた。

空は青かったが、地平線のあたりがほのかに黄色みがかっていて、夕暮れを予感させるようなそれだった。

 

 

「ここで話そう」

弟は、適当なところで座った。

「何で河川敷なの?」

「青春っぽくない?」

弟は笑った。

私はとうに終わった青春を思い返すが、こんな清々しい青春の景色はなかったなと思う。

 

「……元気してた?」

「まあ」

「仕事、忙しい?」

「まあ……」

実際、仕事は死ぬほど忙しかったが、このしがないOLは、弟に誇れるほどのことは何もしていなかったので、曖昧に返事をした。

弟は「そう」とだけ答えると、地面から雑草を抜き、それを手でもてあそんだ。

私たちは、しばらく二人で探り探りの短い会話をしながら、青からオレンジに変わっていく河川敷の夕日を眺めていた。ゆっくり夕日を眺めるのも悪くないな。と、思った。

しかし、弟も、ここに私と夕日を眺めにきた訳ではないだろう。

 

「で、相談ってなんなの?」

「……姉ちゃん、海外行った事ある?」

「え?まあ、旅行で韓国、とかは」

「そっか」

弟はしばらく逡巡した後

「大学、休学しようと思っててさ」

と、目の前の川の流れを見てつぶやいた。

「え?」

「海外の国を回りたいんだ。一年くらいかけて。ある日思い立ったらさ、結構本気でやりたくなっちゃって」

「……それが相談したい事?」

「うん」

「私の意見なんて、参考になる?」

三日間の韓国旅行の経験しか無い、英語を喋れる訳でもない、コミュニケーションが達者なわけでもない、頭もいいわけでもない。そんな私にそれを相談するのか……?

「それは、学校の友達とか先輩とかに聞いた方がいいんじゃないの?」

私がそう言うと、弟は、「うーん」と、少しためらった後に

「なんか、結局、お姉ちゃんしかいなかったんだよね」

と、照れくさそうに言った。

「え?」

言葉の真意が分からず、私は弟の顔を見た。

「一番自分の気持ちがわかってくれてるていうか。なんだろう。同じ地元、両親の下で、同じ空気を吸って育ってきた自分以外の唯一の存在じゃん。だから、うん、一番頼りになるんだ」

 

私なんかが頼りになったこと、これまでにあったっけ……?

 

「俺が高校2年生の時、正月、覚えてる?地元の大学行くか東京の大学行くかを悩んでたときに、相談乗ってくれたの」

私は、弟が高校2年生の正月。つまり私が21歳の正月の事を思い出した。そんな覚えは無かった。

「そんな話したっけ?」

「ほら、マリオカートやってたときだよ」

「あ……」

 

その年の1月2日。私は、地元の友達と飲んで酔っぱらって帰ってきて、部屋にいた弟を引っ張り出して無理矢理マリオカートにつきあわせたのだった。

私はものすごく酔っぱらっていたので、まともな操作などできるはずもなく、ひたすらに負け続けた。そして、負けるたびに、再戦を挑んだ。弟は、最初の方は何度か部屋に帰ろうとしたのだが、結局最終的に朝までつきあってくれた。

「あのとき、相談したらさ、お姉ちゃんが東京の話色々聞かせてくれたじゃん。それが凄く楽しそうでさ、友達とか先生とか親とかにも相談したんだけど、なんかピンと来なくて。けど、お姉ちゃんの話す言葉は、何の抵抗もなくスッと入ってきたんだよね。そのとき、なんか、やっぱり俺には必要なんだなこの人って思った」

 

私のピーチ姫が、弟のヨッシーを追い越そうと、必死に飲酒蛇行運転をしていたとき、どうやらそんなことが弟の中では起こっていたようだった。

 

 

「で、海外、行きたいんだけどさ……けど、本当に一人で生きて行けるのか、自信がなくて。やりたいけど、自信がない。おねえちゃんだったら、こういうとき、どうする?」

弟の目線が私の方に向いた。

会社では一回も向けられた事のない、私への信頼に満ちた目だった。

 

私だったら、そもそもそんなこと考えないんだけどな……。

 

慣れないこのシチュエーションに、頭が混乱する。しかし、それを悟られまいと、まっすぐに流れいく川を見つめ「うーん」なんて言って考える振りをする。

夕方の河川敷。すっかり夕焼けに染まった空のオレンジ色は、弟の隣にいると、明日の方からさしてくる未来の光のように見えた。

 

信じて 自分の力

信じて 自分の心

信じて 自分の道を

信じて 信じて 進んで

 

ふと、突然、歌が頭の中に流れてきた。

何の歌だったっけ?

どこで聞いたかはよく覚えていなかった、が、その、歌、は、夕日の景色と調和した。

 

 

「信じる……」

私は、気づいたら、その言葉を口に出していた。

「え?」

「信じること、だよ」

「信じる?」

「なんか、あんたはさ、いっつもうまくやってるじゃん。その能力があるんだよ」

「そうかな」

「信じるの、自分の力を」

「信じる……」

「そう、大丈夫だから、あんただったら」

「信じる……」

「そう、信じる、信じる、信じる」

私は、言葉を繰り返す。そのうちに、なんだか、言いながら、自分自身が鼓舞されているような気がした。

「ほら、あんたも言って」

「え?」

「信じる、信じる、信じる」

弟も繰り返す。

「信じる、信じる、信じる」

「信じる、信じる、信じる」

「信じる、信じる、信じる」

「信じる、信じる、信じる」

 

私たちは、夕方の河川敷で、アホみたいに叫ぶ。

このアホさが、弟との距離を縮めてくれているような気がした。

こんなのが弟の参考になるとは思えなかった。けれど、少なくとも、今、この瞬間に私が言える言葉は、これだけだった。

 

「信じる、信じる、信じる」

 

私も、何で鼓舞されているのか、よくわからなかった。

何を信じればいいのか、よく分からなかった。

けど、それでいいか、と、思った。

 

夕焼けの空の向こうには、新しい一日が待っているはず、なのだ。

 

 

信じて 自分の力

信じて 自分の心

信じて 自分の道を

信じて 信じて 進んで

信じて 信じて 光へ

 

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椛島恵美/Emi Kabashima

シンガー•ソングライター

 

福島県郡山市生まれ 仙台育ち 横浜在住

1991年12月30日生まれ 山羊座 O型

 

すべての経験を歌に。

時にピアノを弾きながら、時にマイクを手に持ち

聞き手を優しく包み込むように歌う。

自他共に幸せな気持ちになる等身大のパフォーマンス。

 

2016年、痙攣性発声障害を患い活動休止。

2018年春、完治をもって活動再開。 

 

Web http://www.kabashimaemi.com

 

Storyteller in art Vol.11「空の結晶」with 小川真由子

Storyteller in art 第11回はガラス作家の小川真由子さんです。

小川さんはパート・ド・ヴェールという、石膏の型にガラスの粉を詰めて、窯の中で熱をかけて鋳造する技法を中心に作品を制作しています。透明感・繊細さのある質感と色彩が特徴的です。個人的には、作品と空間との境界線を滲ませて、世界に調和する作品だなぁ、と、思います。

 

ちなみに余談なのですが、小川さんと萩谷。なんと地元が同じで、小・中・高と、同じ学校に通っていました。
ですが、学年も違ったので当時は話す機会は無く、知り合ったのは最近のことでした。同じ地元出身でこんな素敵な作品を作っている方がいるということを知って、ものすごく嬉しかったです。

 

今回は、そんな小川さんの、澄んだガラス作品にインスピレーションを受けて物語を書きました。お楽しみください。

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「……あ」

空の結晶が、一瞬、赤く染まった。

 

昼下がり。澄んだ青い空。私は、丘の上に座っていた。

脇には、水色の透明なガラスのオブジェが置いてある。それは、再び一瞬だけ赤く染まって、もとの水色に戻った。

私の頬を、涙が、伝う。私は、涙を指ですくって、ひらり、口に入れた。

 

 

「涙がしょっぱいのは、身体の中の悪い物がたくさん入ってるからなのよ。もし口に入れたら身体悪くしちゃうから」

 

お母さんはよく私にそう言った。

小さい頃、私は涙を流したときにそれを舌でなめる癖があった。

お母さんは、毎回必ず注意した。確かに今思うと、泣きながら、頬を伝う涙を必死に舌で拭おうとしている姿は滑稽以外の何物でもない。

しかし、当時の私はそんなことに気がつくはずも無く、決して母の脅しに屈する事は無かった。

こんな綺麗な液体に悪い物が入っているなんて、到底思えなかったのだ。

母にしかられても私は涙をなめ続けた。

そのせいか、癖は二十代になった今でも抜けきれず、私は時々涙をなめる(舌で拭うという滑稽な方法は使わなくなったが)

当然、涙のせいで中毒を起こした事は無い。

天使も時には嘘をつく。

 

 

お母さんは天使だった。

比喩ではない。人間とは別の世界に住む、天使。

天使と人間は、お互いの住む世界を行き来する事はできない。しかし、現在、約1000人の天使が、外交をするために人間の世界にある大使館のようなところで働いていた。そこでお母さんは人間の父と出会い、結婚した。私はハーフという訳だ。

ハーフの私は、お母さんほど立派ではないが、小さな羽がある。普段は服の下に隠されている羽は、飛ぶことこそできないが、母の血が流れている証だ。

 

横にあるこのオブジェは、母が人間の世界に来る前に買ったものだ。

天使の世界にしかない特殊な材料を混ぜたそれは、向こうでは「空の結晶」と、呼ばれているらしい。

どんな材料が混ざっているか詳しくは分からないのだが、不思議な事に、空の結晶を覗き込むと、地球上どこでも好きな場所の空を見る事ができた。

雄大な積乱雲。群れをなして飛翔する鳥達。ただただ美しい空の色。

休日の午後、私はこれをぼんやりと眺めるのが好きだった。

今日映っているのは、ここから遠く離れたどこか、快晴の青空。穏やか、な……はずの

 

「あっ……」

……まただ。今日の青空は、時々、赤く染まる。

 

 

「それはね、とっても悲しい事が起こっているの」

小さい頃、結晶が同じように赤く染まった事がある。

その理由をお母さんに尋ねたとき、本当に悲しそうな表情をしたのを覚えている。

「天使の世界では、この結晶はずっと青いままなんだけどね」

 

 

私の横で、繰り返し、赤く染まる、結晶。

たくさんの飛行機が映り込んだ。

 

今なら、お母さんが悲しそうな顔をした理由がわかる。

一瞬の赤い空の下ではたくさんの大切なものが燃えている、のだ。

頬を、涙が、次々と伝った。

私は、そのうちの一滴を右手で拭って口に入れる。

塩の味。涙は、海を連想させる。

 

、、、想像する。

私が流した涙は海をつくる。たった一滴の涙は、地に落ちた瞬間に無限の海になる。

海は生命の源だ。たくさんの生命が生まれるスープ。

涙の海で生まれた生命体達は、ガラスでできている。

ガラスの単細胞生物がうまれ、やがてガラスの多細胞生物になり、そして、ガラスの魚になる。

それらは、骨も器官も全てが透き通っていて壊れやすい。

だから、けっして陸には上がる事ができない。転んでしまうといけないから……

涙の生態系は5億年前から先には永遠に進まないのだ。

この生物達はとても脆い。

一度、ある場所でケンカが起こってしまうと、みんな粉々になってしまう。

だから、お互い、自分の破片を海にまき散らさないように、お互いを尊重し合っている。

 

……それは、人間の世界ととってもよく似ている。

 

 

私は、横に置かれた結晶を手にした。

今は綺麗な水色だった。

 

どこか、の、空、の、下。

悲しい事が起こっている。

涙の塩味。海。

私の涙がこの空の下に海をつくることができれば、きっと結晶は青いままなのではないだろうか。

私は祈りを込めて、空の結晶を握りしめた。

 

 

昼下がり、目の前の空は青かった。

 

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小川真由子/Mayuko Ogawa

 

2010  筑波大学卒業

2010~14 服飾関係の仕事に携わる

2016  富山ガラス造形研究所卒業

2016~ 硝子企画舎 所属、アトリエにて制作   現在に至る

 

パート・ド・ヴェールという、石膏の型にガラスの粉を詰めて、窯の中で熱をかけて鋳造する技法を中心に制作しています。

 

 

Instagram

https://www.instagram.com/ogawa.glass

Facebook

https://www.facebook.com/ogawa.mayuko.31

Storyteller in art Vol.10「どこかの、だれかの、物語の始まり」with 佐伯佑佳

Storyteller in art 10回はアクトレスシンガーの佐伯佑佳さんです。

 

ライブハウスを中心に、「歌と芝居のエンターテイメントshow」をステージテーマとしたパフォーマンス活動をする佑佳さん。舞台役者としての経験がベースにあるステージは、まさに「魅せる」ステージです。バリエーション豊かな楽曲と、朗読や身体表現を取り入れたパフォーマンスは、観ていて飽きる事がありません。

 

今回は、そんなバリエーション豊かな曲の中から、Forestという曲にインスピレーションを受けて物語を書きました。

斜字になっているところは、歌詞を引用させていただきました。

 

ではでは、お楽しみください。

 

 

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聞いたのは光と闇の調べ

ひたむきに生き急ぐ者たちよ

行く先も知らずに

 

 

気がつくと、世界は白かった。

 

目を開けたとき、私はベッドに仰向けになっていた。

真っ白な天井が、さも当たり前のようにそこにあった。

 

小さい頃、白というのは何も色が付いていない「無」の色だと思っていた。

しかし、実際には白は「無」の色ではなく、光の三原色である赤・青・緑が全部重なったときの色らしい。私は、今年、二十七になって初めて、その事を知った。光の世界では、白は「無」ではなく「全て」だったのだ。

 

さて、

そんな抽象的な思考をぐるぐるとさせているうちに、段々頭が働くようになってきた。

そして、ようやく、私の生死に関わってくる疑問について、思考を割くことができるようになった。

 

「ここは、いったいどこだろう」

 

私は、ベッドから身体を起こして周囲を見回した。

白いのは天井だけではなかった。周囲を囲む壁も白い。

六畳くらいの場所に、このベッドと、木でできた古いクローゼット、小さな棚、ベッドの反対側には出窓がある。

 

私は立ち上がり、窓から外を見た。どうやら、この場所は、建物の2階部分にあるらしい。

真下にはこの建物の庭、だろうか。小さな花壇と家庭菜園、そして、物干竿が見える。

敷地には柵が巡らしてあり、その向こうには草原が広がっている。

さらに少し向こうには鬱蒼とした森がある。

見渡す限り、ここ以外に人が住んでいそうな場所は無かった。

 

それは、少なくとも、私の記憶には存在していない景色だった。

 

、、、

 

「おはよう」

振り向くと、一人の女の人がドアの前に立ったまま、真っ黒な瞳でじっと私を見ていた。

三十代前半くらいだろうか。その人は、次の私の言葉を待っているようだった。

私も聞きたい事がたくさんあった。しかし、頭の中で、一気に質問が吹き出してきたため、どれから聞いたらいいのか分からなくなっていた。

 

女の人は、私がしどろもどろしているのを見て

「大丈夫?」

と、苦笑した。

「大丈夫?なにか、悪いんですか?私?」

「私は別に医者じゃないから、あんたの身体に関しては分からないよ」

 

私は、なぜここで眠っていたのかを全く覚えていなかった。

しかし、私の身体に何も起こっていなければ、こんなことにはなっていないはずだ。

「倒れてたの」

「え?」

「森の向こうで。ウチの住人が見つけてきてさ、運んできた。何で倒れてたかまでは分からないな」

「住人?」

「一緒に住んでる人。ハウスメイト」

どうやら、ここは、シェアハウスのような場所らしい。

「下おいでよ。共同のリビングがあるから」

「ここ、どこなんですか?」

「ここはね、なんて言うか、施設?みたいな」

「施設?」

「あんたみたいな人が、共同生活してんの」

「あんたみたい?」

森の向こうで倒れている人、と、いうのが、「あんたみたいな人」ならば、そんな人は世の中にそんなにいるとは思えない。

「まあ、とりあえず、来てみたら分かるよ。昼だから結構みんな外出てるんだけど……まあ、気が向いたらでいいや。私は洗濯を干してくる……あ」

ドアの方を向いてドアノブに手をかけたその人は、振り返って、私の方に手を差し出した。

「私、アカリっていうの、よろしく」

「ユキ、です」

私は、アカリさんの差し出された手を握った。

アカリさんは、しっかりと私の手を握ると「またね」と言って、外に出て行った。

 

 

私は再び一人になった。

改めて、何があったかを思い出そうとする。しかし、頭の中の記憶は断片的で、何一つ確信が持てない。

アルコールの味とタバコの煙

多分、持っている記憶の中で、一番最新のものと思われるものは、これだった。

周囲の風景までは思い出せなかったけれど……確か、私はカウンターに座っていて……バーにいた、のか。

ただ、飲み過ぎたにしては、アルコールが身体に残っているあのもやもやとした感じは無い。

 

 

私は、とりあえず、下に降りる事にした。

部屋のドアを開けると、右隣に同じようなドアが二つあった。

左手には、一階へと下りる階段がある。私は一歩一歩、確かめながら降りて行く。

階段を下りると廊下があり、左側には二階と同じようなドアが並んでいた。

右側には「リビング」と書かれた札が下げられた引き戸があったので、私はそこに入っていった。

 

リビングは、かなり広かった。中央に大きなテーブルが2つあって、いすが5つずつ、ぐるりと囲んでいる。壁際には本棚やギター、ピアノ、ソファ、ホワイトボードなんかもある。ソファの上では、一人の男の人が、座りながら文庫本を読んでいた。

二十代半ばくらいだろうか、男の人は、私が入ってきた事に気がついて、文庫本から私に目を向けた。私は、反射的にお辞儀をした。彼も、ちょこっとお辞儀風に首をたてに動かしたが、すぐ視線は文庫本に戻った。

 

彼からは邪魔をしてはいけないオーラが出ていたので、話しかけるのをやめ、いすに座った。しかし、座っても、何もする事が無い。私は、ちらりと、男の人が読んでいる小説に目をやった。

アンティゴネー」

と、いう本だった。

男の人は、本から目を外して私を見たので、目が合う形になってしまった。

私は「しまった」と、瞬間的に目をそらした。が、男は私を見たまま本をソファに置いた。

「タカシです、よろしく」

「あ、ユキ、です」

彼は何も言わない。しかし、ずっと私を見ている。私は気まずくなって

アンティゴネー」

と、本のタイトルを何となく、声に出してみた。

すると、彼は、

「知ってる?アンティゴネー」

と、身を乗り出してきた。

「あ、いや、背表紙に書いてあって」

「あー」

私がそう言うと、男の人は残念そうに、再びソファーの背もたれに身体を預けた。

「どんな本なんですか?」

古代ギリシャで書かれた、戯曲」

「どんな話?」

「詳しく話すと長くなるから、結末だけ言うと、アンティゴネーっていう女の人が、洞窟に閉じ込められて死んじゃう話」

「何も分からないんだけど」

「後で読んでみてよ」

タカシの雑な話では、全く読もうという気は起きなかったので、私はテキトーに頷いた。

「この家も、洞窟みたいなもんだよね」

「え?」

「行き先が無ければ、洞窟と同じ。ねえ、そう思ったら、僕らもアンティゴネーと同じじゃない?」

この状況も、アンティゴネーの話も全く理解していない私には何も答える事ができない。

タカシは、特に答えを求めている訳ではないようで、再び本を手に取り、ページに目を落としていた。

 

、、、

 

 

「大変!」

重苦しい空間を引き裂いて、小柄な女の子が玄関から飛び込んできた。

女の子は、二十歳前半くらいだろうか。目には涙を浮かべ、呼吸は上がり、明らかに狼狽していた。

「ユウキが消えちゃった」

女の子の言葉に、タカシは一瞬動揺したように見えた、が、すぐに平静を取り戻し女の子の方を見た。

「アカネさん、外にいるよ」

「なんで?」

「洗濯干すって」

「違うよ、何で、住人が消えたのに、そんなに普通の感じでいられるの?」

「仕方ないじゃん、そういうもんなんだから」

「もう、消えちゃったら二度と会えないんだよ」

女の子は詰め寄って抗議をしたが、タカシは動じなかった。

「アカネさん、外にいるよ」

女の子は一度タカシをにらんで、走って外へ出て行った。

 

「行方不明?」

「いや、存在そのものが消えちゃったんだ」

「え?」

「時々あるんだよね。ここでは」

「死ぬってこと?」

「同じ事だね」

私は、次の言葉が思い浮かばず、ただ、ぼんやりとタカシを見つめていた。

アンティゴネーは洞窟に閉じ込められて、死んだ」

タカシは、ぽつりとつぶやいた。

 

、、、

 

一体、ここはどこで、私はなんでこんなところにいるのだろう。

何も分からない。

ただ、少なくとも、ここは、「私みたいな人」が生活していて、人の存在が消えてしまう事が「そういうもん」として、捉えられているらしい。

 

これからどうすればいいのだろうか。

そんな事をぼんやりと突っ立って考えていると、外から歌が聞こえてきた。

それは、遠く遠く、この家の敷地の外から、微かだったけれど私の耳に入ってきた。

 

 

聞いたのは光と闇の調べ

ひたむきに生き急ぐ者たちよ

行く先も知らずに

 

 

その、透き通った声は、始まりの歌のようにも、終わりの歌のようにも聞こえた。

 

 

 

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佐伯佑佳/Yuka Saeki

北海道札幌市出身

7月1日誕生 O

 

中学時代からミュージカルの舞台に立ち、高校卒業後は養成所に通う傍ら、札幌でラジオパーソナリティーCMソングを歌う。

現在は東京都内を中心に、ボーカリスト、舞台役者、作詞作曲家、MCとして活動中。

 

ステージテーマは「歌と芝居のエンターテイメントshow」。

物語調のライブと、曲によって演じ分ける表現力が特徴のアクトレスシンガー。

Storyteller in art Vol.9「包まれて」with Ryohei

Storyteller in art 第9回は研究者の良平さんです。

 

Storyteller in artも第9回を迎えました。

これまで、様々な芸術家とコラボレーションして作品を作ってきました。

お陰さまで、たくさんの方にご覧いただいています。

 

「art」という言葉には、芸術という意味もありますが、技術、と言う意味もあります。そんなわけで、artの範囲を少し拡張します。

今回は、生物学の研究者である彼とコラボレーションをしてみました。

 

僕は、大学・大学院といわゆるバイオ関係の研究をしていました。と、いうこともあって、個人的にもバイオとアートのコラボというのはとても興味があります。まだまだ実験段階ですが、コラボレーションを舞台作品にもしたいなぁ、なんて思っていたりします。

 

彼は、私たちの身体をつくっている脂質の研究をしています。

その最新の論文からインスピレーションを受けて、物語を書きました。

研究の詳しい内容は、物語の末尾に【解説】をつけてありますので、どういう研究が、この物語になったのかを、より詳しく知りたい方は是非ご覧ください。

 

 

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静かな世界の気配に揺すられて、僕は目を醒ました。

意識は、粘度の高い世界をノロノロとたゆたっている。

温かな毛布の中にくるまっている身体をもぞもぞと動かす。僕は、身体が毛布の中で溶けていないことを確認した。

 

隣では、髪の長いよく知っている女の人が睡っている。

 

僕は立ち上がり、カーテンの隙間から外を覗き込む。

早朝、、、と、いうにはまだ早過ぎる。

(アノバショ、デ、アアイウコト、ガ、アッテ、ナンニン、ガ、シボウシマシタ)

 

僕はベッドの方に向き合った。

髪の長い女の人を、毛布越しに触れた。温かい。

多分、この女の人も、温かく感じているのだろう。

この、毛布に包まれて。

 

アパートの一室の小さな部屋。

新築のアパートの壁は綺麗だった。

僕は毛布から抜け出したけれど、まだ温かく感じるのは、この部屋のおかげだ。

部屋が、包んでいてくれるからだ。

僕たちは、常に、何かに包まれて、守られて、生きている。

 

(タクサンノ、ヒト、ガ、トオクノクニニ、イキマシタ)

 

僕は温かいカモミールティーを入れた。

彼女が買ってきたものだ。

優しい香りを感じながら、飲む。じわり。

あたたか、な、体温、僕の細胞一つ一つも、ふわり、包まれて生きていた。

 

僕は、暖まった身体で、もう一度、外を見た。

静かな夜。僕は、この部屋に包まれ、部屋はセカイに包まれていた。

この、セカイ、に。

(アノヒト、ガ、アノヒト、ニ、ササレル、ジケンガ、アリマシタ)

 

ほわり

、と、カモミールの息を吐く。

部屋の外のセカイでは、今もリアルタイムでたくさんのことが起こっている。

(テロジケン、ガ、アリマシタ、ワレワレ、ハ、ソレヲ、ケッシテユルサナイト)

夜、も、残念ながらニンゲンは生きているのでした。

部屋は静かだけれども、地球は回っている。

摩擦の音などたてながら。

 

「んー」

もぞもぞと、毛布に包まれた彼女が寝返りをうった。

毛布には、コーヒーのシミが二カ所ある。

彼女は、先週ベッドサイドでコーヒーをこぼしてしまった。

それ以来、決してベッドの上でコーヒーを飲むことはなくなった。

それでも、包んでいる毛布のシミが消えることは無い、の、だけれど。

(アノクニデノ、セントウ、ハ、ワガクニ、ト、アノクニ、ノ、レンゴウグン、ガ、ショウリシマシタ)

 

僕らを包むもの、は、全て、段々とダメージを受ける。

毛布もシミができるし、今は綺麗な部屋の壁もいつかはボロボロになる。

時間は、確実にダメージを蓄積させる。

それがある程度までたまると、急に、守ってくれるはずだったセカイは、異常をきたして、僕たちを破壊するのだ。

(トナリノケン、デ、クウシュウ、ガ、アリ、タクサンノ、ヒト、ガ、シボウ、シマシタ)

 

僕たちを包んでくれている、膜。毛布、部屋……セカイ。

コーヒーのシミや、部屋の汚れだったら、すぐに分かる、けれど、

セカイのダメージはどうやったら分かるのだろう。

僕を包む、セカイのダメージ、は。

(ショウリシタ、アノクニデノ、セントウ、デハ、サンジュウニン、ガ、シボウシタ、トノ、コトデス)

 

僕は、カモミールティーを飲み干して、ベッドに戻った。

ベッドの中、は、さっきまでの自分自身の温もりと、彼女の温もりがあった。

隣では、髪の長いよく知っている女の人が睡っていた。

 

彼女の頬に触れた。

僕の細胞が、彼女の細胞に、触れる。

 

細胞は、細胞膜、という膜で包まれている。

生物の授業で習った。

細胞膜に包まれた細胞は、温かいだろうか。

細胞膜も、この世界のようにダメージを受けることがあるならば、細胞はいつか破壊されてしまうのだろうか。彼女はいつか破壊されてしまうだろうか。僕はいつか破壊されてしまうだろうか。

 

僕たちを包んでくれている、膜。

コーヒーのシミや、部屋の汚れだったら、すぐに分かる、けれど、

彼女のダメージはどうやったら分かるのだろう。

僕を包む、彼女のダメージ、は。

 

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【解説】

 

私たちの細胞は、細胞膜、という膜に包まれて存在しています。

細胞膜の主な構成要素の一つに、リン脂質と呼ばれるものがあります。

リン脂質には、たくさんの種類が存在します。

このリン脂質は、生きている過程で、酸化されていきます。そうすると、動脈硬化や糖尿病、ガンなどの疾患を引き起こすことが、これまでの研究で明らかになっています。

酸化されたリン脂質はOxPLsと呼ばれています。たくさんの種類のリン脂質があることから想像できるように、OxPLsもたくさんの種類がありますが、その種類を特定する方法がありませんでした。よって、どの種類のOxPLsがどういう風に疾患を引き起こすか、ということは詳しくは分かっていません。

 

今回、インスピレーションを受けた青柳氏の研究は、そのリン脂質の種類を特定するための方法を作ることを目的としたものです。

これは、疾患とOxPLsの関係を明らかにするのに有効な方法となる可能性があります。

 

 

私たちの細胞一つ一つを包む細胞膜。それを構成するリン脂質は、生きているとダメージを受けます。それが、いつか病気を引き起こします。しかし、それがどのようにして起こるのか、ということはよくわかっていない。

私たちを包む世界が悲劇を引き起こすプロセスを、私たちが知らないように。

青柳氏は、そんな、ブラックボックスの一つを調べるための方法を、この論文で確立させたのでした。

 

論文のリンクです、英語版しかないのですが、ご興味のある方は是非。

http://hagiya4423.wixsite.com/mooncuproof/blank-10

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良平 / Ryohei

国立研究開発法人 理化学研究所 横浜事業所

統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム

リサーチアソシエイト

 

 

 

Storyteller in art Vol.8「つぼみの時間」with ainoa

Storyteller in art 第8回はアクセサリー作家のainoaさんです。

 

彼女のつくるドライフラワーや貝殻、小瓶のアクセサリーは、とても繊細で素敵です。

たとえ、慌ただしく過ぎ去る日々を過ごしていたとしても、時間をゆっくりにして、私たちの日常を豊かにしてくれる力が、このアクセサリーたちにはあります。

今回は、そんな、繊細なドライフラワーのアクセサリーにインスピレーションを受けて、物語を書きました。

 

 

 

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まぶたを透かして届いてくる朝の光に、私の意識は覚醒する。水底に沈んでいるクラゲが海面に上昇してくるように。

夢の世界の微弱な浮力は、ゆっくりと「私」を現実へと押し上げていく。そして、柔らかな境界を、私は越え、目を、開けた。

 

ワンルームの部屋、私はテーブルの上に突っ伏して眠っていた。

横には、500mlのハイボールの缶がおかれている。

部屋には倦怠が霧のように漂ってる。一瞬、私は霧に窒息しかけ、焦って呼吸の仕方を思い出す。

ハイボールの缶を持ち上げて軽く揺する。缶の中で揺れるのを感じる。半分以上が残っていた。

重い上体を起こして、伸びをした。

朝、6時。

昨日は、仕事が終わらないわ、それなのに新しい仕事を振られるわ、そのせいで行きたかった映画に行けなかったわで、散々な一日だった。

遅くに仕事を終え、私はそのイライラを清算するかのように、一人で会社近くのバーに行ってビールと赤ワインとマティーニ3杯を飲んだ。そして、酔っぱらって帰宅し、シャワーを浴びた。酔いとシャワーで熱くなった身体を醒ますために、冷蔵庫の冷気を求めて扉を開けたら、缶のハイボールを見つけた。それを寝酒のつもりで飲んでいたら、いつのまにか眠ってしまったらしい。

 

頭がガンガンする。さすがにマティーニ3杯は飲み過ぎだった。

私は立ち上がって、フラフラと窓辺に行き、ベーシュ色のカーテンをあけた。

雲一つない、澄んだ冬の朝。ガラスを透して、まっすぐに差し込んでくる昇りたての陽の光は、今の私には少し強すぎる。

深呼吸を一つ。私は今日も生きている。

ハイボールの缶を手に取り、自分の中の悪い堆積物を流しだすように、流しに捨てた。

しくしくと、ハイボールが、流れていく

 

空になった缶を捨て、目をこすりながら食器棚からホーローの黄色いポットを取り出し、水を入れて火にかけた。

そして、冷蔵庫からトマトとチーズとバジルを取り出す。

トマトをスライスし、バジルをちぎり、チーズと一緒に6枚切りの食パンに乗せ、仕上げにオリーブオイルをかける。パンに乗り切らなかったトマトは、そのまま直接食べた。

冷たさと酸味が、アルコールでふわふわした私の身体を説教した。

 

今日は休日だ。

朝6時。まだ眠っている人の方が多い、に、違いない。少なくとも、平日フルタイムで働いている人は。

「さて」

パンをオーブントースターに入れ、私は、もう一度深呼吸をした。

 

私は、これから、生き返るのだ。

 

 

「つぼみの時間」

早朝の時間を、おばあちゃんはそう呼んでいた。

 

おばあちゃんはもともと、私と両親とは離れて暮らしていたが、私が小さいときにおじいちゃんが死んでしまったのをきっかけに、持っていた家を売り払い、私と両親と住みはじめた。

祖母は必ず毎日、朝5時に起きた。

私と両親は、時々、祖母の活動する音に起こされる。母は時々文句言っていたが、私は、時々おばあちゃんと一緒に起きるのが好きだった。

おばあちゃんは、早朝のうちに朝食を作り、食べ、服を着替え、髪を整え、メイクをした。その動きは一つ一つの所作に無駄が無く、かつ、とても丁寧で、洗練されていた。どこにどれくらい時間をかけるのが最適か、ということを熟知していた。

その無駄の無い動きに、私は幼いながらに見とれていた。

おばあちゃんの凄いところは、これを欠かさず毎日するのだ。外に出たり、誰かに会う用事が無くても、必ず、時間をかけて、丁寧に早朝の時間を過ごす。

 

ある日の朝、私は、支度を終えて紅茶を飲んでいたおばあちゃんに聞いたことがある。

「おばあちゃん、どこにも行かないのに、着替えたり、お化粧したりするの?」

「当たり前よ」

「外に出ないのに?」

「これはね、誰かのためにやってるんじゃないの」

「じゃあ、何で?」

「きちんと毎日綺麗に咲くためよ」

「どういうこと?」

「花はなんで綺麗か知ってる?」

「知らない」

「つぼみのうちに、しっかり準備するからなのよ。つぼみのうちに、どんな風に咲こうかな、ってことを考えながら、おめかしするの。だから、綺麗に咲くことができるのよ」

「ふーん」

なんだかよくわからない、という顔をしていたであろう私に、おばあちゃんは言った。

「私たちはたくさん嫌なことを経験するわ。けどね、毎日生まれ変わるの。朝起きると、嫌なことがあった前の日の自分はもういなくなってて、新しい自分になる。だから、毎朝咲くチャンスがあるの。そのためには、朝、このつぼみの時間に、丁寧に時間をかけて、準備をしなきゃいけない」

「つぼみの時間」

「嫌なことがあったり、忙しいことがあったら、つぼみの時間を大切にしてごらん」

私は、ちょっとめんどくさいな、と、思った。

けれど、おばあちゃんはいつも素敵だった。

 

 

ポットの口から湯気が勢いよく出始めた。

私は、青色の陶器のマグカップと、コーヒーのドリッパーとフィルターを食器棚から取り出す。そして、フィルタをセットして、コーヒーの粉を入れて、お湯を注ぐ。

最初はお湯を少しだけ注ぐ。粉を湿らせて、ちょっとの間、蒸らすのだ。

私は目を閉じる。香ばしい香りを嗅ぎながら、呼吸の速度を下げる。

30秒。目を開ける。目に映るワンルームは、ほんの少しだけ、優しくなっていた。

優しい空間の中、残りのお湯をゆっくり注いでいく。フィルターをコーヒーが通っていく。

オーブンを開けると、トーストの上でチーズが美味しそうにとろけていた。

 

私は、コーヒーカップとトーストの乗ったお皿をテーブルに置いて、座った。

そこは、私が眠っていたテーブルとは違っていた。

 

朝食をとりながら、今日のことを考える。

ゆっくりと味覚を働かせていくうちに、頭が冴え渡ってくる。私の色が、戻ってくる。

倦怠の霧がすっかり晴れ、朝の日差しが差し込む部屋で、今日の咲き方を決める。

昨日の私では無い、新しい私の咲き方を。

 

お気に入りのニットを着て、時間をかけてスタイリングをして、メイクをする。

この間買ったベージュのチークを使おう。

そして……

 

私は、立ち上がり、鏡の前にある小さな引き出しを開けた。

そこには、ドライフラワーのアクセサリが入っている。

実家を出るときに祖母がくれたものだった。

かすみ草と、黄色・紫・薄紫のスターチスのイヤリング。

「あなたが綺麗に咲くための味方よ」と、おばあちゃんは言った。

私は、紫のスターチスのイヤリングをとった。

花言葉は「知識」。

今日は図書館にでも行こう。脳みそを、ゆっくり耕す、のだ。

 

私は、カップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。

開花まで、もう少し。

 

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ainoa

 

「ainoa」はフィンランドの言葉で「ひとつだけ」という意味です。

 

あなただけのひとつだけの大切なものになっていきますように。

 

物語を詰め込んだ小瓶のアクセサリーと花言葉を身に纏うドライフラワーのアクセサリーを創っています。

 

Web:  https://www.ainoa.online/

Instagram: ainoa117

 

Storyteller in art Vol.7「キレイなセカイが揺れる音」with TOW

Storyteller in art 第7回は、ミュージシャン、TOWのお二人です。

TOWは、ボーカル&アコーディオンのヌエさんと、ギターのカイさんからなるアコースティックユニットです。

最初にライブハウスでお二人の音楽を聴いたとき、一瞬にして空間をつくる、その演奏にガッツリ引き込まれました。mooncuproofの舞台「OVUM」の音楽を担当していただいたこともあります。

TOWの魅力は、一曲一曲にそれぞれある独特の世界観と、場をつくる演奏、そして、圧巻のパフォーマンス力。

 

今回インスピレーションをもらった「稲穂」は、日本神話に登場する神様、宇迦之御魂大神をモチーフに書いた曲で、ノスタルジーたっぷりの曲です。僕の地元の村には稲荷神社があるのですが、その風景を重ねながら、物語を書きました。

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「稲穂」動画 

theacousticguitarproject.com

 

 

 

たった一人の乗客を乗せた古いバスのドアが開き、喪服姿の私は実家の最寄りのバス停を降りた。

午後8時。村の最終バスは運転手だけを乗せ、次の停留所へ向かっていった。

 

半年ぶりの故郷だ。

目の前には稲刈りの終わった田んぼが広がっている。

稲穂の無い田んぼは、どこか寂しさが漂っていた。

東京の喧噪が嘘のようだなー、と、思いながら、私は家に帰るために畦道を歩き出した。

 

服と髪には焼香のときの香のにおいが染み付いていた。

 

 

交通事故だった。

東京の会社でその連絡を聞いた私は、その日の新幹線に乗って、急いで故郷の村に帰ってきた。

 

それにしても、人というものは、こんなに突然この世からいなくなってしまうものなのだろうか。

会社の社員旅行で撮ったらしい、写真のみかお姉ちゃんの表情は、とても活き活きとしていた。葬儀のときのうつろな目で涙を流している、みかお姉ちゃんのお母さんの存在だけが、お姉ちゃんの死を実感させた。

 

 

みかお姉ちゃんは、近所に住んでいた五歳上のお姉さんで、この村の高校を卒業して、この村で働いていた。お母さん同士が知り合いだったので、私は産まれたときからずっとみかお姉ちゃんと一緒にいた。

みかお姉ちゃんは何でも知っていた。

お母さんや先生に怒られて落ち込んだときに元気を出す方法も、好きな男の子をデートに誘う方法も、勉強のやり方も、授業をサボる方法も。

高校を卒業してこの村を出た後も、お盆と年末の帰省の度に必ずお姉ちゃんと会って、相談を聞いてもらっていた。お姉ちゃんの言葉は、いつも、未来を照らしてくれていた。今年も年末に帰省したときに、相談したいことがあった、のに。

 

 

ふと、私は、畦道に面した、鳥居の前で足を止めた。小さな石でできた鳥居だ。

鳥居をくぐるとすぐに本殿がある、小さな稲荷神社だった。

境内にはたくさんの高い杉の木が植えられていて、本殿の前には狐の像がある。

 

「ここのお狐様に触ったら、どこか遠いところに連れて行かれちゃうのよ」

私は、小さいころ近所の大人たちにそう言われてきた。

もの心ついたときからずっと言われ続けていたせいで、昔はこの狐の像が怖くて仕方なかった。何かを睨みつけているような目をした像と目を合わせると、その狐に急に体温が宿り、私を口にくわえて遠い遠いところに連れて行ってしまうのではないか。

小学校の帰り道、夕方に神社の前を通ると、そんな妄想に、よくおびえたものだった。

そんな神社も、お姉ちゃんと一緒にいるときは怖くなかった。お姉ちゃんと遊んだ帰りにこの前を通るときは、絶対に私の手を握っていてくれた。

「大丈夫よ、触らなきゃいいの」

 

中学生くらいになって、お姉ちゃんに相談する悩みが恋愛とか進路のこととかになってくると、その恐怖も消えていった。その頃、私たちはよく、神社の中で話すようになった。

狐はなんとなく不気味ではあったが、あまり気にならなくなった。

 

 

私は、ふわっと、鳥居をくぐった。

境内は、静かで、時々、木枯らしがさわさわと杉の木を揺らす。

本殿の前には相変わらず狐の像があって、不気味に世界を睨みつけていた。

 

お姉ちゃんは、狐を見たことがあった。

「あった」と、言っていた。

 

 

あの日、中学3年生の夏休みの夕方。仕事が休みのお姉ちゃんと、境内に座っていた。

ヒグラシの声、アイス、巨大な雲。

一通り話を終えた私たちは、田舎の夏を静かに呼吸し、ぼんやりと、目の前の風景を見ていた。

私が頭の片隅で、宿題の読書感想文のことをころころともて遊んでいたとき、お姉ちゃんは、突然歌を口ずさんだ。

 

一番星ひとつ

帰ろう帰ろう わらべうた

木枯らし駆けてゆく

冷えた道を 見つめる茜雲

 

「お姉ちゃん、何?その歌?」

「不思議な歌」

「どういうこと?」

「昔、私が小学5年生の頃、おばあちゃんが死んじゃったんだ。私、両親が共働きだから、ちっちゃい頃はいつもおばあちゃんと一緒にいたの。だから、おばあちゃんのいない世界って、どうなっちゃうんだろうって、ちょっと怖かった。それで、毎日一人でここで泣いてた時期があったの。そしたら、ある日、本殿の方から歌が聞こえてきた。不思議に思ってそこに行くと、二匹の着物を着た狐がいたの」

「え?」

「一匹の狐は歌ってて、もう一匹の狐は見たことのない不思議な楽器を弾いてた」

お姉ちゃんの口調はまじめで、私をからかっているような感じではなかった。

「私は連れてかれちゃうんじゃないかと思って、怖かったんだけど、音楽を聴いてると、不思議と恐怖が消えたの。とっても綺麗な曲だった」

「それで?」

「一曲終わると、二匹とも本殿の裏に消えちゃった」

「それ、お狐様?」

「かどうかはよくわからないけど。ほんとにほんとに綺麗な曲でさ、それを聞いた後に村の風景を見たら、ああ、こんなきれいな世界に生きてるんだ、って思った。おばあちゃんがいなくても、きっとこの世界は怖くない」

お姉ちゃんは杉の木の隙間から、目の前の畦道と、それに続く空を見ていた。

私もその視線を追った。

夕日を背景に、田んぼを埋め尽くす晩夏の稲穂。その風景は、綺麗というにはあまりにも見慣れすぎていた。それを見つめるお姉ちゃん、には、多分、違った風に見えているのだろう。

 

 

一番星ひとつ

帰ろう帰ろう わらべうた

私は、狐の像を見ながらその歌を口ずさんだ。お姉ちゃんからたった一度だけ聞かされた曲は、不思議とすらすら出てきた。

私の中には、まだ、おねえちゃんが、いた。

お姉ちゃんとの思い出に満ちた神社、畦道、村。

私は、私は、これから、誰に相談すればいいのだろうか。

 

狐の像は、昔と変わらずにそこにあった。

私は、像に触れる。

……もし、触って遠いところに連れて行ってくれるのならば、お姉ちゃんのいないこの世界から連れ出して欲しいと思った。

だから何度も、何度も、狐に触る。何度も、何度も。

けれど、狐は私をくわえてどこかへ行ってしまう、ということは決してしなかった。かつて、生きてるように感じた狐の像、は、冷たい石、だった。

こみ上げてくる感情のせいで、私の体だけが、熱くなる。

連れて行かれる、には、私は大人になりすぎてしまった。

過ぎた時間は戻らない。お姉ちゃんが、戻って来られない、ように。

 

 

と、そのとき、私の耳に、本殿の方から弦をはじく音が聞こえてきた。

私は、本殿の方を向く。

目の前には、2人組の着物を着た男女がいた。

女は長い髪をして立っていて、男はギターのようなものを持って座っていた。

別の世界のに住んでいるようにも見えたし、何百年もその場所に居続けているようにも見えた。

 

一番星ひとつ

帰ろう帰ろう わらべうた

 

境内に、弦と歌声が響く。

その音は、大気を、そして、心を澄み渡らせる音だった。

 

弓張月を待つ白い花

寒空の下 揺れてる

風の便りに耳を傾け

滲む空を 見上げた

 

私は、その言葉の一つ一つ、その音の一つ一つに包まれて、ただ、立ち尽くす。

 

 

最後の一音、が、鳴る。

私は、その音が鼓膜を震わせ続けられるように、目を閉じた。

 

、、、そして、静寂。

目を開けると、2人組はいなくなっていた。

 

 

澄んだ夜の空気は、弦と声の余韻を含んで、わずかに揺れている気がした。

私は、ふわり、と、田んぼの方を見た。所々に、オレンジ色の明かりが点在していた。

 

お狐様は、私を連れて行くことは無かった。

私は、ここに生きていた。

世界は、綺麗だった。

私は、涙が止まらなかった。

 

お姉ちゃんがもうこの世界にいないことを再認識したからなのか

お姉ちゃんが見た綺麗な世界が見えたからなのか

その世界で生きていかなければ行けない不安からなのか

よくわからないけれど。

 

 

風が杉の木を揺らす。

 

見上げた杉の木に囲まれた空は、涙で滲んでいた。

 

 

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【TOW】

唯一無二の歌声とアコーディオンを駆使するボーカリスト「ヌエ」と、叙情的に音を紡ぎだすギターリスト「カイ」による日本のアコースティックバンド。2014年結成。

独特で壮大な世界観と、日本らしい「和」の空気を持つ音楽を軸とする。

 

ライブペイントや書道、演劇とのコラボなどの他、メディア出演や劇伴曲提供など多彩な活動を展開する。

 

2018年、世界に日本文化の魅力を発信すべく、"神出鬼没"と言う神社の紹介動画をスタート。日本の誇るトップクリエイターチームと共に、全国の神社を巡る。

 

同時に本年は世界最大規模のバンドコンテスト"EMERGENZA"にエントリー。

来場者の挙手で決勝進出が決まる本大会にて「日本」の代表として世界大会で優勝するため、3月の準決勝へ全力を注いでいる。

なお予選は強豪バンドとの接戦の中、来場者の挙手に大きく後押しされ、投票数トップで通過した。

 

またヌエ、カイ共にゲーム好きな一面もあり、Youtubeにゲーム実況も投稿している。

 

 

【Live】

Emergenza Japan 準決勝

日程 2018/03/24 (土)

 

場所 渋谷 eggman

   https://goo.gl/maps/TSiSEHEPYEP2

 

料金 前売 2500円 (別途 1drink)

   当日 3000円 (別途 1drink)

 

時間 開場 17:00

   開演 17:20

   演奏開始 18:50

 

 

《TOW Official Website》

http://www.tow-music.com/

 

《TOW Youtube Channel》

https://youtube.com/channel/UCBrpstSB8bohd2MRq2sd2fA/

Storyteller in art Vol.6 "The story about 'o' " with Yukiko Nishino

Storyteller in art Vol.6

I was inspired by works of Yukiko Nishino, videographer.

She learnt experimental video in Massachusetts College of Art and Design.

Her works drive us to something fundamental.

 

I was inspired by the one of her works "Where I was born".

"Birth" is a passive thing for baby. When we are born, we can't choose anything and the world start forcibly. Once a life starts, we have to live in this unpredictable world.

 

Here, I wrote the story about "Birth and Absurdity"

 

Movie「Where I was born」 

https://vimeo.com/125531639

 

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The sound shook the air, and destroy our daily lives.

 

I still remembered the deafening sound.

The sound told us the fact that our town had become evacuation area.

The level of μrays had been over the safe level.

I had been ready for escaping someday because towns around us had already been polluted.

 

I could have not lived my town any more.

So, I had walked a long way to escape from μrays.

I had depended on someone's words and twitter, depend, on.

Walk, walk, walk…then I had taken refuge here.

There was nothing I could do about the pollution.

Escape, escape, escape,,,then,

In front of me, a white house.

 

I entered by a small entrance.

I checked the amount of μrays by a smartphone's app.

Here is a safe area.

I took a breath.

Wall, roof, everything is white.

We can't feel anything living from white, but here was warm, I didn't know why.

 

It is mysterious that being in something make me ease.

I closed my eyes and breathed slowly, and pushed out my anxiety.

 

oooooooooooooo

 

,,,I could hear the sound of wave slightly from far away.

As if it surrounded me.

Slightly, it made a sound outside.

It was like a unknown language which is spoken in a country far away.

I, hear, that,,.

 

The sound is like a lullaby, surrounding here, inside.

 

"I AM…"

 

No, I found this sound was different from the sound of wave. It was a voice.

The voice was meaning something against the sound of wave.

 

"I AM here.

I AM not being met by someone.

I AM in something like membrane.

I AM waiting for a door opening.

I AM listening to the sound "oooooooooo"

I AM not able to jump over time.

I AM not able to run at the speed of light.

I AM far from the exit.

I AM floating in 0.9% saline.

I AM moving forward.

I AM going only this direction.

I AM supposed to go out.

…I AM able to hear something outside.

…I AM listening to this.

I AM not able to here, but do."

 

I wondered where here is.

I looked around.

Only thing I can see is "white".

I found the entrance had vanished.

I had lost the only exit.

How can I be alive here?

Well…OK. It doesn't matter, here is not polluted.

I have enough time to think.

 

I lay down on the white floor, surrounded white walls, seeing a white roof.

 

oooooooo,,,

 

ooooooooooooo,,,

 

oooooooooooooooooo,,,

 

,,,,,,,,,,

 

 

"Hey, here is not safe anymore!"

I woke up because of this man's voice. He was grabbed me by the shoulders.

"Who are you?"

"It doesn't matter. Here is not safe anymore! Escape!"

 

I wondered how he came. There is no entrance here.

 

"Let's escape."

"What?"

"Here has already been polluted."

"Still safe, look"

I showed him the app.Reading hadn't change.

"I know, but, dangerous."

"Why do you think so?"

"My estimate, I use my original equation."

I didn't want him to disturb my peace.

"You don't have a basis." "My original equation told me." "What is 'original?'" "We can't believe anyone under such a situation ! We have to think with own brain." "So, I want to think with MY brain." "Here is dangerous." "But, the figure doesn't change."

 

…Oh.

 

I checked the app again.

The figure rises suddenly.

It was too sudden to believe.

…Really?

 

"What's up?"

"Here, look…"

"I told you! Here is going to became a dangerous area."

 

Oh, I am not allowed to have peaceful time, listen to the sound of wave, and lay down on the floor.

 

"Why don't you escape?"

"Where?"

"Below"

"Below?"

"Yes, below."

"You mean south?"

"Yes, probably."

"South is safe?"

"Probably."

"Probably?"

"At least, not polluted."

 

I hesitated to go to that direction, because...

"Hurry up! Here is going to be more polluted."

"But here is warm."

"What do you mean?"

"If the south is safe, I will go. But, there is a possibility the place I reach would be polluted, too, right?"

"Actually, there is a possibility."

"So, It is no use going out."

"But, you can't be here anymore!"

"But, what can I do, if the place I reach is polluted?"

"If so, you can escape."

"Then the pollution is following, then I escape, then following, then escape. What can I do? What should I do? I had reached here, why Do I have to escape again? Why? Why? Wh…."

 

Then, the sound, of, siren.

 

It stopped my flow of time.

 

The siren, announcing here being polluted.

The sound saying "You can't be here anymore."

"Hurry up! Do you want to die?"

"Where is a exit?"

This room had no exit.

"Here!"

The man pointed a wall. there was a small hole. I had no idea why but the hole appeared.

I couldn't realize it. The hole was so small. I guessed I couldn't even put my finger into it.

"Hurry!"

I look through the hole, but, outside is totally dark. I couldn't see my future.

 

"I AM here.

I AM not being met by someone.

I AM in something like membrane.

I AM waiting for a door opening.

I AM listening to the sound "oooooooooo"

I AM not able to jump over time.

I AM not able to run at the speed of light.

I AM far from the exit.

I AM floating in 0.9% saline.

I AM moving forward.

I AM going only this direction.

I AM supposed to go out.

…I AM able to hear something outside.

…I AM listening to this.

I AM not able to here, but do."

 

I heard the siren sounded

The sound shake the air, and destroy our daily lives.

But our lives never die.

Destroyed lives become new our daily lives.

I have to live in the lives.

 

I move to the exit.

I can't be here anymore.

I have to go outside.

I don't know what will happen outside but I have to because I'm alive.

 

So, I have to walk to

So, I have to go

 

Through a small hole.

Wherever the place I reach.

Even if the place is going to be polluted.

I made up my mind to cry loudly after I go out.

Because I surely exist.

 

 

"o"

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Yukiko Nishino

 

She learned videography  in university, then she leaned experimental movies in graduate school of Massachusetts College of Art and Design.

She is especially good shooting with super 8mm film and making time-lapse movie.

 

She often combine foods which shaped like bodies of women or paints with scenes of nature like sea or forest.

 

Web:https://ynishino4.wixsite.com/ringo