Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

Storyteller in art Vol.12「河川敷にて」with 椛島恵美

Storyteller in art 第12回はシンガーソングライターの椛島恵美さんです。

 

恵美さんの曲は、家族の絆や、明日への希望に満ちています。ご本人もとてもエネルギーに満ちた方で、パフォーマンスは温かく、表情豊か。観客を明るくするための力を持っています。

 

昨年上演された萩谷脚本の舞台「きざむおと、」にも出演してくださいました。

初の舞台出演、たくさんの感情の引き出しから様々な表現が飛び出し、パフォーマーとしての能力をひしひしと感じました。

 

今回は、絆と希望にインスピレーションを受け、物語を書きました。

物語の中で「光へ」という曲の歌詞を引用させていただいています。

 

どうぞ、お楽しみください。

 

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平日の夜。地下鉄の窓ガラスには、会社帰りの疲れた26歳の顔が映っていた。

「今日も仕事はつまらなかったな」と、日課のように一日を反復する。ここ最近、毎晩こんな感じだな、と、思った。何も、進歩のない、毎日の繰り返し。

私は、携帯で、女性向けの美容健康関係の記事を眺めていた。

『明日のために今日をリセット!』

……毎日リセットしてたら、そりゃ同じ日々の繰り返しにもなるわな。

 

 

『姉ちゃん、ちょっと相談あるんだけど、近々話せない?』

 

ぼんやりと画面をスワイプしていると、突然、見知った名前からのLINEメッセージが画面上に現れた。

そうして私は、人生で初めて、4つ年下の弟の相談を受けることになった。

 

、、、、、、、、、、

 

弟は、私とは正反対だった。

あの子は、小さい頃から真面目ないい子で、外面も良く、勉強もできた。

中高と生徒会長をつとめ、皆の期待を背負って、誰もが名前を知っているような一流大学に進学した。

 

昔から、やることなすこと全てが中の下だった私は、この弟と比べられるのが本当に嫌だった。しかし、同じ親から産まれた二人は、周囲からしたら悲劇的にも、とっても比較がしやすい。弟がほめられ、私はその脇で引きつった笑いを浮かべて所在無さげに立っている、という状況は腐る程経験した。当時の私は、無意識に弟を他人であると思い込む事で劣等感を回避していた。

その結果か、なんとなく弟とは互いに気持ちが疎遠になってしまった。弟の方も、中学生の頃くらいからそれを感じ取っていたのだろう、家にいても会話をする事が無かった。

現在、二人とも実家を離れて暮らしているが、正月に実家で顔を合わせても、やはりほとんど会話は無い。

 

、、、、、、、、、、

 

土曜日の夕方、私たちは会う事になった。

弟の下宿先のアパートがある最寄りの駅の改札前で、私たちは待ち合わせた。

私が時間ぴったりに行くと、弟は既に待っていた。

「ひさしぶり」

弟の顔をちゃんと見たのは何年ぶりだろう。私を見る笑顔には、努力と苦難と成功を繰り返してきた無意識の自信、のようなものが漂っていた。

「正月あったじゃん」

「まあ、そうなんだけど」

「ありがとね、わざわざ」

「どこ行く?」

「河川敷歩こう」

 

そう言って、弟はすたすたと歩き出した。この駅は多摩川の河川敷のすぐ近くにある駅で、ちょっと歩くと川沿いに出る事ができた。

 

私は、歩きながら、二人の距離をはかりかねていた。

弟の背中からも、それは若干漂っていたと思う。

 

休日の河川敷は、家族連れや小中学生が平和そうにそれぞれの人生を謳歌していた。

空は青かったが、地平線のあたりがほのかに黄色みがかっていて、夕暮れを予感させるようなそれだった。

 

 

「ここで話そう」

弟は、適当なところで座った。

「何で河川敷なの?」

「青春っぽくない?」

弟は笑った。

私はとうに終わった青春を思い返すが、こんな清々しい青春の景色はなかったなと思う。

 

「……元気してた?」

「まあ」

「仕事、忙しい?」

「まあ……」

実際、仕事は死ぬほど忙しかったが、このしがないOLは、弟に誇れるほどのことは何もしていなかったので、曖昧に返事をした。

弟は「そう」とだけ答えると、地面から雑草を抜き、それを手でもてあそんだ。

私たちは、しばらく二人で探り探りの短い会話をしながら、青からオレンジに変わっていく河川敷の夕日を眺めていた。ゆっくり夕日を眺めるのも悪くないな。と、思った。

しかし、弟も、ここに私と夕日を眺めにきた訳ではないだろう。

 

「で、相談ってなんなの?」

「……姉ちゃん、海外行った事ある?」

「え?まあ、旅行で韓国、とかは」

「そっか」

弟はしばらく逡巡した後

「大学、休学しようと思っててさ」

と、目の前の川の流れを見てつぶやいた。

「え?」

「海外の国を回りたいんだ。一年くらいかけて。ある日思い立ったらさ、結構本気でやりたくなっちゃって」

「……それが相談したい事?」

「うん」

「私の意見なんて、参考になる?」

三日間の韓国旅行の経験しか無い、英語を喋れる訳でもない、コミュニケーションが達者なわけでもない、頭もいいわけでもない。そんな私にそれを相談するのか……?

「それは、学校の友達とか先輩とかに聞いた方がいいんじゃないの?」

私がそう言うと、弟は、「うーん」と、少しためらった後に

「なんか、結局、お姉ちゃんしかいなかったんだよね」

と、照れくさそうに言った。

「え?」

言葉の真意が分からず、私は弟の顔を見た。

「一番自分の気持ちがわかってくれてるていうか。なんだろう。同じ地元、両親の下で、同じ空気を吸って育ってきた自分以外の唯一の存在じゃん。だから、うん、一番頼りになるんだ」

 

私なんかが頼りになったこと、これまでにあったっけ……?

 

「俺が高校2年生の時、正月、覚えてる?地元の大学行くか東京の大学行くかを悩んでたときに、相談乗ってくれたの」

私は、弟が高校2年生の正月。つまり私が21歳の正月の事を思い出した。そんな覚えは無かった。

「そんな話したっけ?」

「ほら、マリオカートやってたときだよ」

「あ……」

 

その年の1月2日。私は、地元の友達と飲んで酔っぱらって帰ってきて、部屋にいた弟を引っ張り出して無理矢理マリオカートにつきあわせたのだった。

私はものすごく酔っぱらっていたので、まともな操作などできるはずもなく、ひたすらに負け続けた。そして、負けるたびに、再戦を挑んだ。弟は、最初の方は何度か部屋に帰ろうとしたのだが、結局最終的に朝までつきあってくれた。

「あのとき、相談したらさ、お姉ちゃんが東京の話色々聞かせてくれたじゃん。それが凄く楽しそうでさ、友達とか先生とか親とかにも相談したんだけど、なんかピンと来なくて。けど、お姉ちゃんの話す言葉は、何の抵抗もなくスッと入ってきたんだよね。そのとき、なんか、やっぱり俺には必要なんだなこの人って思った」

 

私のピーチ姫が、弟のヨッシーを追い越そうと、必死に飲酒蛇行運転をしていたとき、どうやらそんなことが弟の中では起こっていたようだった。

 

 

「で、海外、行きたいんだけどさ……けど、本当に一人で生きて行けるのか、自信がなくて。やりたいけど、自信がない。おねえちゃんだったら、こういうとき、どうする?」

弟の目線が私の方に向いた。

会社では一回も向けられた事のない、私への信頼に満ちた目だった。

 

私だったら、そもそもそんなこと考えないんだけどな……。

 

慣れないこのシチュエーションに、頭が混乱する。しかし、それを悟られまいと、まっすぐに流れいく川を見つめ「うーん」なんて言って考える振りをする。

夕方の河川敷。すっかり夕焼けに染まった空のオレンジ色は、弟の隣にいると、明日の方からさしてくる未来の光のように見えた。

 

信じて 自分の力

信じて 自分の心

信じて 自分の道を

信じて 信じて 進んで

 

ふと、突然、歌が頭の中に流れてきた。

何の歌だったっけ?

どこで聞いたかはよく覚えていなかった、が、その、歌、は、夕日の景色と調和した。

 

 

「信じる……」

私は、気づいたら、その言葉を口に出していた。

「え?」

「信じること、だよ」

「信じる?」

「なんか、あんたはさ、いっつもうまくやってるじゃん。その能力があるんだよ」

「そうかな」

「信じるの、自分の力を」

「信じる……」

「そう、大丈夫だから、あんただったら」

「信じる……」

「そう、信じる、信じる、信じる」

私は、言葉を繰り返す。そのうちに、なんだか、言いながら、自分自身が鼓舞されているような気がした。

「ほら、あんたも言って」

「え?」

「信じる、信じる、信じる」

弟も繰り返す。

「信じる、信じる、信じる」

「信じる、信じる、信じる」

「信じる、信じる、信じる」

「信じる、信じる、信じる」

 

私たちは、夕方の河川敷で、アホみたいに叫ぶ。

このアホさが、弟との距離を縮めてくれているような気がした。

こんなのが弟の参考になるとは思えなかった。けれど、少なくとも、今、この瞬間に私が言える言葉は、これだけだった。

 

「信じる、信じる、信じる」

 

私も、何で鼓舞されているのか、よくわからなかった。

何を信じればいいのか、よく分からなかった。

けど、それでいいか、と、思った。

 

夕焼けの空の向こうには、新しい一日が待っているはず、なのだ。

 

 

信じて 自分の力

信じて 自分の心

信じて 自分の道を

信じて 信じて 進んで

信じて 信じて 光へ

 

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椛島恵美/Emi Kabashima

シンガー•ソングライター

 

福島県郡山市生まれ 仙台育ち 横浜在住

1991年12月30日生まれ 山羊座 O型

 

すべての経験を歌に。

時にピアノを弾きながら、時にマイクを手に持ち

聞き手を優しく包み込むように歌う。

自他共に幸せな気持ちになる等身大のパフォーマンス。

 

2016年、痙攣性発声障害を患い活動休止。

2018年春、完治をもって活動再開。 

 

Web http://www.kabashimaemi.com