Storyteller in art Vol.10「どこかの、だれかの、物語の始まり」with 佐伯佑佳
Storyteller in art 第10回はアクトレスシンガーの佐伯佑佳さんです。
ライブハウスを中心に、「歌と芝居のエンターテイメントshow」をステージテーマとしたパフォーマンス活動をする佑佳さん。舞台役者としての経験がベースにあるステージは、まさに「魅せる」ステージです。バリエーション豊かな楽曲と、朗読や身体表現を取り入れたパフォーマンスは、観ていて飽きる事がありません。
今回は、そんなバリエーション豊かな曲の中から、Forestという曲にインスピレーションを受けて物語を書きました。
斜字になっているところは、歌詞を引用させていただきました。
ではでは、お楽しみください。
聞いたのは光と闇の調べ
ひたむきに生き急ぐ者たちよ
行く先も知らずに
気がつくと、世界は白かった。
目を開けたとき、私はベッドに仰向けになっていた。
真っ白な天井が、さも当たり前のようにそこにあった。
小さい頃、白というのは何も色が付いていない「無」の色だと思っていた。
しかし、実際には白は「無」の色ではなく、光の三原色である赤・青・緑が全部重なったときの色らしい。私は、今年、二十七になって初めて、その事を知った。光の世界では、白は「無」ではなく「全て」だったのだ。
さて、
そんな抽象的な思考をぐるぐるとさせているうちに、段々頭が働くようになってきた。
そして、ようやく、私の生死に関わってくる疑問について、思考を割くことができるようになった。
「ここは、いったいどこだろう」
私は、ベッドから身体を起こして周囲を見回した。
白いのは天井だけではなかった。周囲を囲む壁も白い。
六畳くらいの場所に、このベッドと、木でできた古いクローゼット、小さな棚、ベッドの反対側には出窓がある。
私は立ち上がり、窓から外を見た。どうやら、この場所は、建物の2階部分にあるらしい。
真下にはこの建物の庭、だろうか。小さな花壇と家庭菜園、そして、物干竿が見える。
敷地には柵が巡らしてあり、その向こうには草原が広がっている。
さらに少し向こうには鬱蒼とした森がある。
見渡す限り、ここ以外に人が住んでいそうな場所は無かった。
それは、少なくとも、私の記憶には存在していない景色だった。
、、、
「おはよう」
振り向くと、一人の女の人がドアの前に立ったまま、真っ黒な瞳でじっと私を見ていた。
三十代前半くらいだろうか。その人は、次の私の言葉を待っているようだった。
私も聞きたい事がたくさんあった。しかし、頭の中で、一気に質問が吹き出してきたため、どれから聞いたらいいのか分からなくなっていた。
女の人は、私がしどろもどろしているのを見て
「大丈夫?」
と、苦笑した。
「大丈夫?なにか、悪いんですか?私?」
「私は別に医者じゃないから、あんたの身体に関しては分からないよ」
私は、なぜここで眠っていたのかを全く覚えていなかった。
しかし、私の身体に何も起こっていなければ、こんなことにはなっていないはずだ。
「倒れてたの」
「え?」
「森の向こうで。ウチの住人が見つけてきてさ、運んできた。何で倒れてたかまでは分からないな」
「住人?」
「一緒に住んでる人。ハウスメイト」
どうやら、ここは、シェアハウスのような場所らしい。
「下おいでよ。共同のリビングがあるから」
「ここ、どこなんですか?」
「ここはね、なんて言うか、施設?みたいな」
「施設?」
「あんたみたいな人が、共同生活してんの」
「あんたみたい?」
森の向こうで倒れている人、と、いうのが、「あんたみたいな人」ならば、そんな人は世の中にそんなにいるとは思えない。
「まあ、とりあえず、来てみたら分かるよ。昼だから結構みんな外出てるんだけど……まあ、気が向いたらでいいや。私は洗濯を干してくる……あ」
ドアの方を向いてドアノブに手をかけたその人は、振り返って、私の方に手を差し出した。
「私、アカリっていうの、よろしく」
「ユキ、です」
私は、アカリさんの差し出された手を握った。
アカリさんは、しっかりと私の手を握ると「またね」と言って、外に出て行った。
私は再び一人になった。
改めて、何があったかを思い出そうとする。しかし、頭の中の記憶は断片的で、何一つ確信が持てない。
アルコールの味とタバコの煙
多分、持っている記憶の中で、一番最新のものと思われるものは、これだった。
周囲の風景までは思い出せなかったけれど……確か、私はカウンターに座っていて……バーにいた、のか。
ただ、飲み過ぎたにしては、アルコールが身体に残っているあのもやもやとした感じは無い。
私は、とりあえず、下に降りる事にした。
部屋のドアを開けると、右隣に同じようなドアが二つあった。
左手には、一階へと下りる階段がある。私は一歩一歩、確かめながら降りて行く。
階段を下りると廊下があり、左側には二階と同じようなドアが並んでいた。
右側には「リビング」と書かれた札が下げられた引き戸があったので、私はそこに入っていった。
リビングは、かなり広かった。中央に大きなテーブルが2つあって、いすが5つずつ、ぐるりと囲んでいる。壁際には本棚やギター、ピアノ、ソファ、ホワイトボードなんかもある。ソファの上では、一人の男の人が、座りながら文庫本を読んでいた。
二十代半ばくらいだろうか、男の人は、私が入ってきた事に気がついて、文庫本から私に目を向けた。私は、反射的にお辞儀をした。彼も、ちょこっとお辞儀風に首をたてに動かしたが、すぐ視線は文庫本に戻った。
彼からは邪魔をしてはいけないオーラが出ていたので、話しかけるのをやめ、いすに座った。しかし、座っても、何もする事が無い。私は、ちらりと、男の人が読んでいる小説に目をやった。
「アンティゴネー」
と、いう本だった。
男の人は、本から目を外して私を見たので、目が合う形になってしまった。
私は「しまった」と、瞬間的に目をそらした。が、男は私を見たまま本をソファに置いた。
「タカシです、よろしく」
「あ、ユキ、です」
彼は何も言わない。しかし、ずっと私を見ている。私は気まずくなって
「アンティゴネー」
と、本のタイトルを何となく、声に出してみた。
すると、彼は、
「知ってる?アンティゴネー」
と、身を乗り出してきた。
「あ、いや、背表紙に書いてあって」
「あー」
私がそう言うと、男の人は残念そうに、再びソファーの背もたれに身体を預けた。
「どんな本なんですか?」
「古代ギリシャで書かれた、戯曲」
「どんな話?」
「詳しく話すと長くなるから、結末だけ言うと、アンティゴネーっていう女の人が、洞窟に閉じ込められて死んじゃう話」
「何も分からないんだけど」
「後で読んでみてよ」
タカシの雑な話では、全く読もうという気は起きなかったので、私はテキトーに頷いた。
「この家も、洞窟みたいなもんだよね」
「え?」
「行き先が無ければ、洞窟と同じ。ねえ、そう思ったら、僕らもアンティゴネーと同じじゃない?」
この状況も、アンティゴネーの話も全く理解していない私には何も答える事ができない。
タカシは、特に答えを求めている訳ではないようで、再び本を手に取り、ページに目を落としていた。
、、、
「大変!」
重苦しい空間を引き裂いて、小柄な女の子が玄関から飛び込んできた。
女の子は、二十歳前半くらいだろうか。目には涙を浮かべ、呼吸は上がり、明らかに狼狽していた。
「ユウキが消えちゃった」
女の子の言葉に、タカシは一瞬動揺したように見えた、が、すぐに平静を取り戻し女の子の方を見た。
「アカネさん、外にいるよ」
「なんで?」
「洗濯干すって」
「違うよ、何で、住人が消えたのに、そんなに普通の感じでいられるの?」
「仕方ないじゃん、そういうもんなんだから」
「もう、消えちゃったら二度と会えないんだよ」
女の子は詰め寄って抗議をしたが、タカシは動じなかった。
「アカネさん、外にいるよ」
女の子は一度タカシをにらんで、走って外へ出て行った。
「行方不明?」
「いや、存在そのものが消えちゃったんだ」
「え?」
「時々あるんだよね。ここでは」
「死ぬってこと?」
「同じ事だね」
私は、次の言葉が思い浮かばず、ただ、ぼんやりとタカシを見つめていた。
「アンティゴネーは洞窟に閉じ込められて、死んだ」
タカシは、ぽつりとつぶやいた。
、、、
一体、ここはどこで、私はなんでこんなところにいるのだろう。
何も分からない。
ただ、少なくとも、ここは、「私みたいな人」が生活していて、人の存在が消えてしまう事が「そういうもん」として、捉えられているらしい。
これからどうすればいいのだろうか。
そんな事をぼんやりと突っ立って考えていると、外から歌が聞こえてきた。
それは、遠く遠く、この家の敷地の外から、微かだったけれど私の耳に入ってきた。
聞いたのは光と闇の調べ
ひたむきに生き急ぐ者たちよ
行く先も知らずに
その、透き通った声は、始まりの歌のようにも、終わりの歌のようにも聞こえた。
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佐伯佑佳/Yuka Saeki
北海道札幌市出身
7月1日誕生 O型
中学時代からミュージカルの舞台に立ち、高校卒業後は養成所に通う傍ら、札幌でラジオパーソナリティーやCMソングを歌う。
現在は東京都内を中心に、ボーカリスト、舞台役者、作詞作曲家、MCとして活動中。
ステージテーマは「歌と芝居のエンターテイメントshow」。
物語調のライブと、曲によって演じ分ける表現力が特徴のアクトレスシンガー。