Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

Storyteller in art Vol.11「空の結晶」with 小川真由子

Storyteller in art 第11回はガラス作家の小川真由子さんです。

小川さんはパート・ド・ヴェールという、石膏の型にガラスの粉を詰めて、窯の中で熱をかけて鋳造する技法を中心に作品を制作しています。透明感・繊細さのある質感と色彩が特徴的です。個人的には、作品と空間との境界線を滲ませて、世界に調和する作品だなぁ、と、思います。

 

ちなみに余談なのですが、小川さんと萩谷。なんと地元が同じで、小・中・高と、同じ学校に通っていました。
ですが、学年も違ったので当時は話す機会は無く、知り合ったのは最近のことでした。同じ地元出身でこんな素敵な作品を作っている方がいるということを知って、ものすごく嬉しかったです。

 

今回は、そんな小川さんの、澄んだガラス作品にインスピレーションを受けて物語を書きました。お楽しみください。

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「……あ」

空の結晶が、一瞬、赤く染まった。

 

昼下がり。澄んだ青い空。私は、丘の上に座っていた。

脇には、水色の透明なガラスのオブジェが置いてある。それは、再び一瞬だけ赤く染まって、もとの水色に戻った。

私の頬を、涙が、伝う。私は、涙を指ですくって、ひらり、口に入れた。

 

 

「涙がしょっぱいのは、身体の中の悪い物がたくさん入ってるからなのよ。もし口に入れたら身体悪くしちゃうから」

 

お母さんはよく私にそう言った。

小さい頃、私は涙を流したときにそれを舌でなめる癖があった。

お母さんは、毎回必ず注意した。確かに今思うと、泣きながら、頬を伝う涙を必死に舌で拭おうとしている姿は滑稽以外の何物でもない。

しかし、当時の私はそんなことに気がつくはずも無く、決して母の脅しに屈する事は無かった。

こんな綺麗な液体に悪い物が入っているなんて、到底思えなかったのだ。

母にしかられても私は涙をなめ続けた。

そのせいか、癖は二十代になった今でも抜けきれず、私は時々涙をなめる(舌で拭うという滑稽な方法は使わなくなったが)

当然、涙のせいで中毒を起こした事は無い。

天使も時には嘘をつく。

 

 

お母さんは天使だった。

比喩ではない。人間とは別の世界に住む、天使。

天使と人間は、お互いの住む世界を行き来する事はできない。しかし、現在、約1000人の天使が、外交をするために人間の世界にある大使館のようなところで働いていた。そこでお母さんは人間の父と出会い、結婚した。私はハーフという訳だ。

ハーフの私は、お母さんほど立派ではないが、小さな羽がある。普段は服の下に隠されている羽は、飛ぶことこそできないが、母の血が流れている証だ。

 

横にあるこのオブジェは、母が人間の世界に来る前に買ったものだ。

天使の世界にしかない特殊な材料を混ぜたそれは、向こうでは「空の結晶」と、呼ばれているらしい。

どんな材料が混ざっているか詳しくは分からないのだが、不思議な事に、空の結晶を覗き込むと、地球上どこでも好きな場所の空を見る事ができた。

雄大な積乱雲。群れをなして飛翔する鳥達。ただただ美しい空の色。

休日の午後、私はこれをぼんやりと眺めるのが好きだった。

今日映っているのは、ここから遠く離れたどこか、快晴の青空。穏やか、な……はずの

 

「あっ……」

……まただ。今日の青空は、時々、赤く染まる。

 

 

「それはね、とっても悲しい事が起こっているの」

小さい頃、結晶が同じように赤く染まった事がある。

その理由をお母さんに尋ねたとき、本当に悲しそうな表情をしたのを覚えている。

「天使の世界では、この結晶はずっと青いままなんだけどね」

 

 

私の横で、繰り返し、赤く染まる、結晶。

たくさんの飛行機が映り込んだ。

 

今なら、お母さんが悲しそうな顔をした理由がわかる。

一瞬の赤い空の下ではたくさんの大切なものが燃えている、のだ。

頬を、涙が、次々と伝った。

私は、そのうちの一滴を右手で拭って口に入れる。

塩の味。涙は、海を連想させる。

 

、、、想像する。

私が流した涙は海をつくる。たった一滴の涙は、地に落ちた瞬間に無限の海になる。

海は生命の源だ。たくさんの生命が生まれるスープ。

涙の海で生まれた生命体達は、ガラスでできている。

ガラスの単細胞生物がうまれ、やがてガラスの多細胞生物になり、そして、ガラスの魚になる。

それらは、骨も器官も全てが透き通っていて壊れやすい。

だから、けっして陸には上がる事ができない。転んでしまうといけないから……

涙の生態系は5億年前から先には永遠に進まないのだ。

この生物達はとても脆い。

一度、ある場所でケンカが起こってしまうと、みんな粉々になってしまう。

だから、お互い、自分の破片を海にまき散らさないように、お互いを尊重し合っている。

 

……それは、人間の世界ととってもよく似ている。

 

 

私は、横に置かれた結晶を手にした。

今は綺麗な水色だった。

 

どこか、の、空、の、下。

悲しい事が起こっている。

涙の塩味。海。

私の涙がこの空の下に海をつくることができれば、きっと結晶は青いままなのではないだろうか。

私は祈りを込めて、空の結晶を握りしめた。

 

 

昼下がり、目の前の空は青かった。

 

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小川真由子/Mayuko Ogawa

 

2010  筑波大学卒業

2010~14 服飾関係の仕事に携わる

2016  富山ガラス造形研究所卒業

2016~ 硝子企画舎 所属、アトリエにて制作   現在に至る

 

パート・ド・ヴェールという、石膏の型にガラスの粉を詰めて、窯の中で熱をかけて鋳造する技法を中心に制作しています。

 

 

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