Storyteller in art Vol.4「悲しい液体である私達について」with 小林未季
「Storyteller in art」
第4回は、シンガーソングライターの小林未季さんです。
未季さんは、先週に本番があった、萩谷が脚本演出をした舞台「星の下のグスコーブドリ」で作曲・出演をしてくださいました。
未季さんの音楽は、とても優しく、心を包んでくれます。私は、夜に聞くことが多いのですが、その日に溜まったドロドロした悪い物を溶かして浄化してくれる、そんな力を持っているように感じます。日常の様々な出来事の中で揺れ動いてしまった自分に、しっかりとした形を与え直してくれる。まるで、水に形を与えるコップのように。
そんなわけで、今回は未季さんの音楽のそういう魅力にインスピレーションを受けて物語を書きました。「白んだ空に浮かぶ月」そして「キャスタウェイ」という曲の歌詞も、少しだけ引用させていただきました。(斜字体の部分です)
是非、この世界に浸っていってみてください。
私は液体だった。
流れ出してしまわないように、容器が必要な、液体。
12月、夜の公園はとても寒かった。
昼間は家族連れやカップルでにぎわう近所の公園は、午前2時にもなると人の姿は誰も見えない。
私は、大きなため息をついて、草むらに寝転んだ。
空。真っ暗な、夜。月が浮かぶ。
夜の公園が、私は好きだった。
夜は、私が私である、ということを許してくれる。なんだかそんな気がしていた。
真っ暗な空間は、日中のごちゃごちゃとは一切無関係だった。
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今日最後の絶望は、夜9時、水面に浮かび上がっていた。
今朝、出掛けに同棲中のアイツととてもくだらないことで喧嘩をした。そのモヤモヤを引きずったまま、満員電車に乗って、新卒で入って三年間勤めている小さな広告会社に行く、と、朝イチで上司に企画の進捗が遅いと怒られた。企画進捗が遅いのは、上司が毎日のように注文を増やしてくるせいだった、が、そんなことを言ったらまた怒られるから我慢だ。お昼はクライアントの所に行こうと思ったら道を間違えて遅刻し、会社に帰ったら、上司にそのことで怒られた。どんくさい人間のどんくさい朝、昼、夕方。そして、、、
午後9時。
ヘトヘトになって帰ってきた私の目に入ったのは、玄関にある水槽の水面に浮かび上がった金魚の死骸だった。
今年の夏、アイツと近所のお祭りに行ったときに掬ってきたやつだった。今朝まで元気に泳ぎ回っていたその身体は、全てを放棄してぷわぷわと浮かんでいた。えさを食べるときに、なかなかうまく口に入れられないところが、ちょっとどんくさくてかわいかった、のに。
何で死んだのかわからない。
きちんと水換えもしていたし、エサもあげてたし、今朝まで元気だった。
しかし、事実、金魚は死んでいた。
……私は仕事どころか、金魚一匹も生かしてあげられる事もできないのだ。
そう考えると、私は、苦しくなって、悔しくなって、涙が止まらなくなった。
水槽を片付けようとして持ち上げたが、力が入らなかった。水槽は手から滑って、床に落ち、音を立てて割れる。容器を失った水は飛び散って、死んだ金魚はべちゃっと床に張り付いた。
、、、私も、音を立てて、割れた。
アイツは今日は、飲み会で帰りは遅かった。
金魚一匹ごときで動揺していることをアイツに悟られるのがとても嫌だったので
「金魚、死にました」
と、いう、事務的な書き置きをテーブルに残して、シャワーも浴びずに一人ベッドに潜り込んだ。
水槽は片付けたが、飛び散った水と金魚は片付ける気力がわかなかったので、そのままにした。
そして、午前2時に目を覚ました。
隣ではアイツが眠っていた。
うまく眠る事ができなかった私は、ダウンとニット帽とマフラーを身につけて、公園へ向かった。
玄関の金魚はそのままだった。
、、、、、、、、、、
夜の公園。
静寂の中、私は夜を呼吸した。
昼間何も無かった空間に、夜、というものが確かに満ちている。空の容器に液体が満ちるように。そうだ、夜は液体なのだ。「液」という漢字に「夜」という字が入っているのは、きっと、たぶん、そういうことなんだろう。
夜という液体の中に、私は身を浸していく。ぷわぷわ、と、心地よく。
このまま永久に夜ならいいな、と思う。
昼の世の中は、どんくさい私にはごちゃごちゃしすぎている。移動しながら携帯を見ながら企画の事を考えながら上司の機嫌をとるなんてこと、できない。
そのぶん、夜はいい。何も見えないから、外の事は何も考えなくてよくなる。
ただ、浮かんでいればいいのだ。
夜という海に漂う。
……けれど、それは、死んだ金魚と何が違うのだろうか?
「あ」
気付くと、私はまた涙を流していた。
液体である涙、は、頬を伝って、流れて行く。
一滴涙の雫を拭う、と、それは手の甲ににじんで消えた。
私は、浮かぶ月を眺めながら、割れてしまった水槽のことを思い出した。
落下した水槽の割れる音、飛び散る液体。毎日当たり前のように容器に収まって秩序を守っていた液体は、支える水槽を失った瞬間、その形を保てなくなってしまう。
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液体。
液体は悲しい。
固体のように確実な存在でも無いし、気体のように自由に空を飛ぶ事もできない。
カップや水槽のような、それを支える容器が無いと存在する事ができないのだ。
夜ですら、時間という容器に支えられて、存在している。
私も、今、液体なのだ。
夜に支えられてなんとか存在している悲しい液体。
コップの中の水、の、ような。水槽の中の金魚、の、ような。
夜は私の形を保ってくれる。
動きを止める事の無い世界の中で、私が、私である、ということを許してくれる。
私は、私で、漂う事ができる。
ならば、このまま夜が明けて、私を支える容器が無くなってしまったら一体どうなってしまうのか。夜が空っぽになった空間で、私の存在は果たして形を保てるのだろうか。
あのごちゃごちゃした世界で、ひょっとしたら、流出してしまうのではないだろうか。
私は、私が、流出することを想像した。
夜明け。空間が明るくなるにつれ、流動体である私は、支える物が無くなって、形を保てなくなってしまう。私が私である、という、形を。
形を失った私は、空間に流れ出していく。明るい、空っぽな空間に、私は拡散する。
そうなってしまったら、もう、跡形も無い。私は私として存在する事ができなくなる。
私ではない私は、死んだ金魚のようになってしまうのだ。
落下した水槽。拡散した私は、床に飛び散る。死んだ金魚と一緒に。
そして、そして、そのまま、、、
「やっぱりここにいた」
私は、その声で目を覚ました。
アイツが立っていた。寝間着のスウェットに、スニーカー。上着は着ていなかった。
いつの間にか眠ってしまったらしい。空は白み始めていた。
「大丈夫?」
アイツは、身体をさすりながら言った。寒いなら、もっと厚着をすればいいのに。
「金魚は死んじゃうし、トイレに起きたら横に誰もいないし、なんかもう、焦った。」
アイツの目には涙が浮かんでいた。涙。液体。
「寒いでしょ。なんで寝てる格好のままで出てきてるの?」
「それどころじゃなかったから」
そのアホみたいな答えに、私はなぜか熱くなった。頬を涙が流れていた。
アイツは、まだ自分の身体をさすっていた。さするのをやめたら、アイツの身体も空間に流れ出してしまいそうだった。
アイツも液体なんだな。
そんなことを考えていたらアイツに抱きしめられた。
「帰ってさ、金魚、一緒に埋めよう」
液体である私は、流出しないように容れ物が必要なのだ。
何も無い空間。私は、この温かい私の容れ物の中では、確かに私なのだ。
そして、それは、きっとアイツも同じ。
液体であるアイツは、きっと私という容れ物の中で、アイツなのだ。
からっぽの明るい時間が近づいてきた。
空が白んで、明日、が、やってくる。
白んだ空に浮かぶ月が君の心を照らしてくれる
私達は、手をつないで帰る。早朝の月を眺めながら。
私達は液体だった。
日中のごちゃごちゃした空っぽの空間で、お互いが流れ出してしまわないように、容器が必要な液体。
日常が駆け抜けてく
速い流れに追い越されてく
それでも愛しいものを 集めながら
今日もまた生きていく だけ
流れ出してしまわないように。
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小林未季/Miki Kobayashi
シンガーソングライター、音楽家。埼玉県蕨市出身。明治大学文学部英米文学専攻卒業。
"癒しと感動の共存"をテーマに活動。景色の見えるような音を作り、透明感のある歌声で歌い上げる。短編映画主題歌からCMまでこなす。
先日、新曲『セルディヴィジョン』のMV制作のクラウドファンディングを達成した。