Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

Storyteller in art Vol.7「キレイなセカイが揺れる音」with TOW

Storyteller in art 第7回は、ミュージシャン、TOWのお二人です。

TOWは、ボーカル&アコーディオンのヌエさんと、ギターのカイさんからなるアコースティックユニットです。

最初にライブハウスでお二人の音楽を聴いたとき、一瞬にして空間をつくる、その演奏にガッツリ引き込まれました。mooncuproofの舞台「OVUM」の音楽を担当していただいたこともあります。

TOWの魅力は、一曲一曲にそれぞれある独特の世界観と、場をつくる演奏、そして、圧巻のパフォーマンス力。

 

今回インスピレーションをもらった「稲穂」は、日本神話に登場する神様、宇迦之御魂大神をモチーフに書いた曲で、ノスタルジーたっぷりの曲です。僕の地元の村には稲荷神社があるのですが、その風景を重ねながら、物語を書きました。

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「稲穂」動画 

theacousticguitarproject.com

 

 

 

たった一人の乗客を乗せた古いバスのドアが開き、喪服姿の私は実家の最寄りのバス停を降りた。

午後8時。村の最終バスは運転手だけを乗せ、次の停留所へ向かっていった。

 

半年ぶりの故郷だ。

目の前には稲刈りの終わった田んぼが広がっている。

稲穂の無い田んぼは、どこか寂しさが漂っていた。

東京の喧噪が嘘のようだなー、と、思いながら、私は家に帰るために畦道を歩き出した。

 

服と髪には焼香のときの香のにおいが染み付いていた。

 

 

交通事故だった。

東京の会社でその連絡を聞いた私は、その日の新幹線に乗って、急いで故郷の村に帰ってきた。

 

それにしても、人というものは、こんなに突然この世からいなくなってしまうものなのだろうか。

会社の社員旅行で撮ったらしい、写真のみかお姉ちゃんの表情は、とても活き活きとしていた。葬儀のときのうつろな目で涙を流している、みかお姉ちゃんのお母さんの存在だけが、お姉ちゃんの死を実感させた。

 

 

みかお姉ちゃんは、近所に住んでいた五歳上のお姉さんで、この村の高校を卒業して、この村で働いていた。お母さん同士が知り合いだったので、私は産まれたときからずっとみかお姉ちゃんと一緒にいた。

みかお姉ちゃんは何でも知っていた。

お母さんや先生に怒られて落ち込んだときに元気を出す方法も、好きな男の子をデートに誘う方法も、勉強のやり方も、授業をサボる方法も。

高校を卒業してこの村を出た後も、お盆と年末の帰省の度に必ずお姉ちゃんと会って、相談を聞いてもらっていた。お姉ちゃんの言葉は、いつも、未来を照らしてくれていた。今年も年末に帰省したときに、相談したいことがあった、のに。

 

 

ふと、私は、畦道に面した、鳥居の前で足を止めた。小さな石でできた鳥居だ。

鳥居をくぐるとすぐに本殿がある、小さな稲荷神社だった。

境内にはたくさんの高い杉の木が植えられていて、本殿の前には狐の像がある。

 

「ここのお狐様に触ったら、どこか遠いところに連れて行かれちゃうのよ」

私は、小さいころ近所の大人たちにそう言われてきた。

もの心ついたときからずっと言われ続けていたせいで、昔はこの狐の像が怖くて仕方なかった。何かを睨みつけているような目をした像と目を合わせると、その狐に急に体温が宿り、私を口にくわえて遠い遠いところに連れて行ってしまうのではないか。

小学校の帰り道、夕方に神社の前を通ると、そんな妄想に、よくおびえたものだった。

そんな神社も、お姉ちゃんと一緒にいるときは怖くなかった。お姉ちゃんと遊んだ帰りにこの前を通るときは、絶対に私の手を握っていてくれた。

「大丈夫よ、触らなきゃいいの」

 

中学生くらいになって、お姉ちゃんに相談する悩みが恋愛とか進路のこととかになってくると、その恐怖も消えていった。その頃、私たちはよく、神社の中で話すようになった。

狐はなんとなく不気味ではあったが、あまり気にならなくなった。

 

 

私は、ふわっと、鳥居をくぐった。

境内は、静かで、時々、木枯らしがさわさわと杉の木を揺らす。

本殿の前には相変わらず狐の像があって、不気味に世界を睨みつけていた。

 

お姉ちゃんは、狐を見たことがあった。

「あった」と、言っていた。

 

 

あの日、中学3年生の夏休みの夕方。仕事が休みのお姉ちゃんと、境内に座っていた。

ヒグラシの声、アイス、巨大な雲。

一通り話を終えた私たちは、田舎の夏を静かに呼吸し、ぼんやりと、目の前の風景を見ていた。

私が頭の片隅で、宿題の読書感想文のことをころころともて遊んでいたとき、お姉ちゃんは、突然歌を口ずさんだ。

 

一番星ひとつ

帰ろう帰ろう わらべうた

木枯らし駆けてゆく

冷えた道を 見つめる茜雲

 

「お姉ちゃん、何?その歌?」

「不思議な歌」

「どういうこと?」

「昔、私が小学5年生の頃、おばあちゃんが死んじゃったんだ。私、両親が共働きだから、ちっちゃい頃はいつもおばあちゃんと一緒にいたの。だから、おばあちゃんのいない世界って、どうなっちゃうんだろうって、ちょっと怖かった。それで、毎日一人でここで泣いてた時期があったの。そしたら、ある日、本殿の方から歌が聞こえてきた。不思議に思ってそこに行くと、二匹の着物を着た狐がいたの」

「え?」

「一匹の狐は歌ってて、もう一匹の狐は見たことのない不思議な楽器を弾いてた」

お姉ちゃんの口調はまじめで、私をからかっているような感じではなかった。

「私は連れてかれちゃうんじゃないかと思って、怖かったんだけど、音楽を聴いてると、不思議と恐怖が消えたの。とっても綺麗な曲だった」

「それで?」

「一曲終わると、二匹とも本殿の裏に消えちゃった」

「それ、お狐様?」

「かどうかはよくわからないけど。ほんとにほんとに綺麗な曲でさ、それを聞いた後に村の風景を見たら、ああ、こんなきれいな世界に生きてるんだ、って思った。おばあちゃんがいなくても、きっとこの世界は怖くない」

お姉ちゃんは杉の木の隙間から、目の前の畦道と、それに続く空を見ていた。

私もその視線を追った。

夕日を背景に、田んぼを埋め尽くす晩夏の稲穂。その風景は、綺麗というにはあまりにも見慣れすぎていた。それを見つめるお姉ちゃん、には、多分、違った風に見えているのだろう。

 

 

一番星ひとつ

帰ろう帰ろう わらべうた

私は、狐の像を見ながらその歌を口ずさんだ。お姉ちゃんからたった一度だけ聞かされた曲は、不思議とすらすら出てきた。

私の中には、まだ、おねえちゃんが、いた。

お姉ちゃんとの思い出に満ちた神社、畦道、村。

私は、私は、これから、誰に相談すればいいのだろうか。

 

狐の像は、昔と変わらずにそこにあった。

私は、像に触れる。

……もし、触って遠いところに連れて行ってくれるのならば、お姉ちゃんのいないこの世界から連れ出して欲しいと思った。

だから何度も、何度も、狐に触る。何度も、何度も。

けれど、狐は私をくわえてどこかへ行ってしまう、ということは決してしなかった。かつて、生きてるように感じた狐の像、は、冷たい石、だった。

こみ上げてくる感情のせいで、私の体だけが、熱くなる。

連れて行かれる、には、私は大人になりすぎてしまった。

過ぎた時間は戻らない。お姉ちゃんが、戻って来られない、ように。

 

 

と、そのとき、私の耳に、本殿の方から弦をはじく音が聞こえてきた。

私は、本殿の方を向く。

目の前には、2人組の着物を着た男女がいた。

女は長い髪をして立っていて、男はギターのようなものを持って座っていた。

別の世界のに住んでいるようにも見えたし、何百年もその場所に居続けているようにも見えた。

 

一番星ひとつ

帰ろう帰ろう わらべうた

 

境内に、弦と歌声が響く。

その音は、大気を、そして、心を澄み渡らせる音だった。

 

弓張月を待つ白い花

寒空の下 揺れてる

風の便りに耳を傾け

滲む空を 見上げた

 

私は、その言葉の一つ一つ、その音の一つ一つに包まれて、ただ、立ち尽くす。

 

 

最後の一音、が、鳴る。

私は、その音が鼓膜を震わせ続けられるように、目を閉じた。

 

、、、そして、静寂。

目を開けると、2人組はいなくなっていた。

 

 

澄んだ夜の空気は、弦と声の余韻を含んで、わずかに揺れている気がした。

私は、ふわり、と、田んぼの方を見た。所々に、オレンジ色の明かりが点在していた。

 

お狐様は、私を連れて行くことは無かった。

私は、ここに生きていた。

世界は、綺麗だった。

私は、涙が止まらなかった。

 

お姉ちゃんがもうこの世界にいないことを再認識したからなのか

お姉ちゃんが見た綺麗な世界が見えたからなのか

その世界で生きていかなければ行けない不安からなのか

よくわからないけれど。

 

 

風が杉の木を揺らす。

 

見上げた杉の木に囲まれた空は、涙で滲んでいた。

 

 

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【TOW】

唯一無二の歌声とアコーディオンを駆使するボーカリスト「ヌエ」と、叙情的に音を紡ぎだすギターリスト「カイ」による日本のアコースティックバンド。2014年結成。

独特で壮大な世界観と、日本らしい「和」の空気を持つ音楽を軸とする。

 

ライブペイントや書道、演劇とのコラボなどの他、メディア出演や劇伴曲提供など多彩な活動を展開する。

 

2018年、世界に日本文化の魅力を発信すべく、"神出鬼没"と言う神社の紹介動画をスタート。日本の誇るトップクリエイターチームと共に、全国の神社を巡る。

 

同時に本年は世界最大規模のバンドコンテスト"EMERGENZA"にエントリー。

来場者の挙手で決勝進出が決まる本大会にて「日本」の代表として世界大会で優勝するため、3月の準決勝へ全力を注いでいる。

なお予選は強豪バンドとの接戦の中、来場者の挙手に大きく後押しされ、投票数トップで通過した。

 

またヌエ、カイ共にゲーム好きな一面もあり、Youtubeにゲーム実況も投稿している。

 

 

【Live】

Emergenza Japan 準決勝

日程 2018/03/24 (土)

 

場所 渋谷 eggman

   https://goo.gl/maps/TSiSEHEPYEP2

 

料金 前売 2500円 (別途 1drink)

   当日 3000円 (別途 1drink)

 

時間 開場 17:00

   開演 17:20

   演奏開始 18:50

 

 

《TOW Official Website》

http://www.tow-music.com/

 

《TOW Youtube Channel》

https://youtube.com/channel/UCBrpstSB8bohd2MRq2sd2fA/