Storyteller in art Vol.3「2つの太陽」with 井本幸恵
「Storyteller in art」第3回は陶芸作家の井本幸恵さんです。
現在、武蔵野美大に通っている彼女は、生活に根ざしたものを作る、というのをコンセプトに陶芸作品の制作、展示を行っています。
以前、吉祥寺で行なわれた展示で彼女の作品を最初に見ました。優しい質感・色がとても印象的で、なるほど、生活にふわっととけ込む存在だな、と思いました。
萩谷もそこで桜色のおちょこを買いました。それで飲む日本酒は、心も温かくしてくれます。
今回は、そんな彼女の作品にインスピレーションを受けました。
「生活に根ざした」というコンセプトから、あえて、逆のちょっぴりファンタジー風味です。お楽しみください。
「なあなあ、太陽に水かけたらどうなると思う?」
広場の中央で、イタムは言った。
「何言ってるの?」
ぼくは、生き物の本に落としていた視線を上げ、横に立っていたイタムの方を見た。
イタムは、チャムイモの団子をボロボロこぼしながら食べ、キラキラとした目で空を見つめている。
ぼくたちは、街の真ん中にある石畳の広場にいた。広場には、今日もいくつかの露店と屋台が出ていた。イタムが食べている団子も、屋台で買った物だった。
同い年で、家が隣同士のぼくとイタムは、放課後、よくこの場所で喋ったり、おやつを食べたりしていた。
「なあ、どうなると思う?」
「太陽に水をかけたところで何も変わらないよ」
「なんで?太陽は燃えてんでしょ。そしたら、水かけたら消えるじゃん」
「そんなわけない」
「何で?燃えてるもんに水かけたら消えるじゃん」
「太陽はもの凄く高い温度で燃えてるの。だから、ちょっと水かけても、水が一瞬で蒸発してなくなっちゃうんだよ。この前、本で読んだ」
イタムは「ジョウハツ」と、首を傾げていたので、僕は蒸発の説明をしてやった。
「そうなんだ。ヴィルは、なんでも知ってる」
むしろ、イタムが何も知らなさすぎるんだ。今日も授業中眠っていたし、宿題もやってきてなくて、先生に怒られてた。イタムは学校では、外で遊ぶ事と、お昼ごはんを食べる事だけに命をかけている。
「なんで太陽に水をかけようと思ったの?」
「太陽を消したかったんだ」
またイタムは変な事を言う。
「消す?」
「そう、太陽を、消すんだ」
「どっちの?赤?青?」
「どっちがいいと思う?」
「えー」
ぼくは空を見上げた。空の低いところには真っ青な太陽が浮かんでいた。もうすぐ夕方だ。もうすぐ青い太陽が沈み、赤い太陽が昇ってくる。夜の空を支配する、赤い太陽。それが沈むと、また、青い太陽が昇る。ぼくは、交互に繰り返し昇っては沈む二つの太陽の片方が消えた世界を想像しようとした。しかし、それは、あまりに現実からかけ離れた事だったので、ぼんやりとしかできなかった。
「青い火の方が、温度が高いけど……」
「じゃあ、赤い方の太陽に水をかければいいんだ。赤い方は温度が低いから、消えるかもしれない」
「いや、それも無理」
「え?赤い方が低いんじゃないの?」
「とは言っても、何千度ってあるんだよ。無理。」
「そっか」
団子の最後の一口を口に投げ入れると、ため息をついた。
「駄目か」
イタムは、急に黙り込んでしまった。
落ち込んでしまったようだ。
「なんで太陽なんて消したいと思ったの?」
「夜、がさ、もっと暗くなったらいいなと思ったんだよね」
「何で?」
「暗いのって、綺麗じゃん」
「綺麗?」
「うん」
「そうかな」
「そうだよ。あーあ、もし、太陽が一個だけだったらなぁ」
「そういうことは考えるだけ無駄だよ」
太陽の無い時間は、きっと、とても暗い。気温だって下がるし、気分だって落ち込みそうだし、なにより本が読みにくい。そんな所、絶対に楽しくない。
「ウチの倉庫、扉閉めるとすっごく暗くなるんだよね。そこで、ロウソクを点けると凄く綺麗なんだ。暗い所で燃える火、見た事ある?」
「いや……」
「あのな、なんて言っていいかわからないけど、とにかく綺麗なんだよ。真っ暗な所に、火だけがゆらゆら揺れてるの。こう、ふわーって」
イタムの目は輝いていた。
「そういうの、ロマンチックでよくね?」
そう言えば、イタムは最近、クラスメイトのククによくちょっかいを出しては周りの女子に怒られていた。
「真っ暗な時間に、ロウソク付けてさ、誰かと一緒にそれを見るんだ。周りは暗くて、何も見えないから、俺と、その誰かと、火、だけになる」
「その誰かって、ククのこと?」
ぼくがそう言うと、イタムは目を大きくして、慌てて手足をバタバタさせた。
「は?別に関係ねーし、てか、ちげーし、てか、お腹空いたな」
チャムイモの団子を食べたばかりのイタム(絶対お腹いっぱいなはず!)は、すたすたと、果物を売る露店めがけて歩き出した。
ぼくとイタムは果物屋でペコの実を10粒買って食べた。
イタムは2個しか食べなかったので、ぼくは8個も食べるはめになった(やっぱりお腹空いてなかったんじゃないか!)。
イタムは果物を食べている間、いつもよりおとなしかった。
ぼくたちは、空を見上げた。夕方に近づいてきた。赤い太陽が少しだけ、顔を出していた。
夕方、ほんの数分だけ、青い太陽と赤い太陽が同時に見える時間がある。
その光景が見えたら帰る時間だ。
「かえろっか」
「そうだな」
ぼくとイタムが広場の出口まで行くと、陶器の露店があった。
淡いピンクとブルーの茶碗や湯のみが並べられていた。
「この赤いやつで水かけたら青い太陽が消えて、青いやつで水かけたら赤い太陽が消える」
ぼくは、気付いたらそんな事をつぶやいていた。なんでかはよくわからなかったけど。
「え?マジで?」
イタムは再び目を輝かせる。
「そんな訳無いじゃん」
「ふざけんなよ」
そんな訳無い、けど、もしそうならいいな、と、思った。
ぼくは太陽の光が届かない時間の事を想像した。
『ロウソク付けてさ、誰かと一緒にそれを見るんだ。周りは暗くて、何も見えないから、ぼくと、その誰かと、火、だけになる』
悪くない。
「ねえ、イタム、これ、買おう」
「え?」
「買って、太陽に水かけてみよう」
「火は消えなくても?」
「わかんないじゃん」
「無理って言ったじゃん」と、いうイタムを押し切って、ぼくは青、イタムは赤い茶碗を買った。
ぼくたちは広場の出口にある水道から水を汲む。最初は文句を言っていたイタムも、さっきまでの落ち込みはどこへやら。鼻歌なんか歌ってる。
「おい、ヴィル準備できたか?」
「おっけー」
イタムは青い太陽。ぼくは赤い太陽に向き合った。
ぼくたちは緊張していた。運動会のリレーで、自分の番が回ってくる直前のように。
心臓がどきどきする。なんでかよくわからないけど。
「せーのっ!」
夕方の広場、赤と青の太陽。赤と青の茶碗。
ぼくたちは、太陽に、水を、かけた。
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井本幸恵/Sachie Imoto
大学にて陶芸を始める。普段使いの物を中心に制作。
https://www.instagram.com/imoto_sachie/?hl=ja