Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

Storyteller in art Vol.1「あちらとこちら」with 渡部智佳

先日告知をさせていただいた企画「Storyteller in art」。第一回目です!

第1回である今回は、美術家、渡部智佳さんの作品です。(プロフィールは末尾)

 

大学で日本画コースに在籍していた彼女は、現在、日本画の画材を使ってドローイングを描いたり、抽象的なインスタレーションをつくったり、様々な活動をしています。萩谷も、過去、舞台のフライヤーを書いてもらったり、パフォーミングアーツ作品を共に作ったりもしました。

今回の物語「あちらとこちら」の題材にした作品は、ガラスに描かれた抽象的なドローイング。光の当て方や、観る方向によって印象を変化させます。

 

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小さな島国で、星を作っていた。

 

 

海の上に存在する、人口三万人にも満たない小さな島。

年中穏やかな気候で、災害も少ない。

私は、そんな島で生まれ、そんな島の学校を卒業し、そんな島で働いている。

ある晴れた日の夕方。私は、仕事を終えて、いつものように、浜辺を歩きながら、打ち寄せられたガラスを探していた。

 

「この浜辺にあるガラスを集めて、それを一つの球体のオブジェにしてみよう。

そして、それを『星』と名付けよう」

 

一ヶ月前。ふと、そんな事を思いつき、私は仕事帰りにガラスを集め始めた。

 

普通、浜辺に打ち寄せられたガラスは、角が削られて、曇ったような独特の色をしている。しかし、この浜辺のガラスは、尖っていて、曇りもほとんどない。ただの割れたガラスのようだった。

そんなガラスを見つけるたびに、小さな空き缶に入れていく。ひたすら。ひたすら。辺りが暗くなるまで。

夕日を透かしているガラス、は、見る角度によってその色を変化させて、面白い。何十分でも見ていられる。

 

 

晴れた夕方の空は、ピンクとオレンジが混じったような不思議な色をしていた。

今日は向こうの島がよく見える。

海を挟んですぐ。船で三十分ほどの所に、もう一つ島国がある。

同じくらいの大きさ、同じくらいの人口の島だ。

 

その国には、小さい頃に一度だけ、家族旅行で行ったことがあった。

ホテルの部屋から見た夕焼けがとても綺麗だった事を覚えている。

なぜ隣合っている国なのに、こんなに見える夕焼けの色が違うのだろう。沈み行く夕日を見ながらそんな事を考えていた

 

多分、初の海外旅行だったから、心が舞い上がっていた、のだとは思う。

気持ちによって物の見え方は変わってくる、とかいうやつ。

しかし、本当にそうだったかということを確かめるすべは無い。

今、こちらの国の人間が、向こうの国に行く事はできない。

 

 

「おーい」

後ろから声がした。そこには、ジーンスにTシャツ、スニーカーの女の人が一人、立っていた。

「今日もやってるの?」

「うん」私は、ガラス探しをしながら、答える。

「果てしないねぇ」

彼女は私の方に近づいてきて、私の缶を見た。

同い年の彼女は、この島にあるカフェで昼まで働いていた。夕方、仕事を終えると、時々浜辺に散歩をしにくる。彼女とは浜辺で何度か会ううちに、話すようになった。

 

「今日もカフェ?」

「そうそう。相変わらず暇だよ。よくあのカフェやっていけてるなって思う」

彼女はシニカルに笑い、しゃがんで地面を眺めた。

「ねえ、そんなことやってどうするの?」

彼女は挨拶のように、毎回私に尋ねてくる。

「祈り、だから」

「よくわからない」

「そう」

「そうそう。ま、他人なんだからわからなくて当然なんだけど。あ、あった」

彼女は砂にまみれたガラスを拾い上げた。

わからない、他人だから。

私は彼女の、そう言う事をハッキリ言えてしまうところが好きだった。

 

「今日も島がよく見える」

一つ拾って、もう飽きたのか、彼女は、ガラスを持ったまま、立ち上がって向こうの島の方を眺めた。

「そうだね」

「今日は、何も無いといいね」

「うん」

彼女は反対側を向き、視線を空の方に移した。

空はいつの間にかすっかり暗くなっていた。

 

 

「あ」

彼女は空を指差した。

振り向いて、彼女の指先を見る、と、小さな光が浮遊している。

三機の飛行機が、島の方に向かって飛んで行くのが見えた。

 

「……向こうの島、今夜も静かじゃなくなるね」

「ガラスもたくさん流れてくる」

「うん」

 

飛行機は少しずつこちらの方に近づいてきて、真上を通って、島の方に向かっていった。

飛行機を追っていた私達の目、は、再び向こうの島を捉えた。

私達はそちらを眺めていた。

少しして、彼女は自分の持っていたガラスを眺めた。

「これ、あれだよね、めっちゃ高級な家具ブランドのやつ」

 

彼女は私にそのガラスを見せた。薄暗い中、目を細めて見ると、ガラスには、小さなロゴが彫られていた。向こうの国で作られている高級な家具の破片だった。

ここの海岸は海流の関係で、向こうの島から流れてきたものの多くが、漂着してくる。

そのガラスも、向こうから流れてきた物なのだろう。

 

「こんなの私達には一生縁がないよね」

私は半笑いで彼女に話しかけた。しかし、彼女は無言でガラスを見つめ、そして、向こうの島を見つめた。

 

 

「あ」

向こうの島で、一瞬、光が光った。

私達の視線と身体は無意識にこわばった。

こわばった視線の先で、連続して光が見える。

「今日は、どれくらい続くのかな」

「わからない、けど、今朝、ニュースで大規模爆撃の可能性って言ってた」

「……そう」

 

 

向こうの島は、別の国と戦争をしていた。

今日は一体、いくつの家具が破壊されるのだろう。

そして、いくつの破片が、こちら側に流されてくるのだろう。

 

「今日は……どれくらい……続くのかな……」

彼女はとぎれとぎれにつぶやいた。

彼女の方を見ると、目に涙を浮かべている。

「なんでかさ、私さ、全く関係ないんだけどさ、毎回見てると泣けてくるんだよね」

涙は頬を伝った、しかし、彼女は拭う様子も無く、向こう側を眺めていた。

「だってさ、なんか、うまく言えないんだけど、なんか……」

ついに、彼女はその場にしゃがみ込んで泣きはじめた。

いつもの事だった。彼女は、爆撃を見ると、必ず泣くのだった。

「わかる?」

彼女は私の方を見た。

「よくわからないよ」

「……そう」

私は、涙を流す事はできない。彼女の気持ちはわからない。

彼女の言う通り、他人同士、わからなくて当然なのだ。

彼女は、彼女なりに涙で祈りを捧げているのかもしれない。

 

 

私は、涙を流す代わりに、私の方法で祈っている。

向こうの国で破壊され、流されてきたガラスで、星を作る事で。

しばらくの間、向こうで明滅する光を眺めていた。

 

彼女は立ち上がった。

「これ」

彼女は、いつの間にかオレンジ色のガラスを拾っていた。

私はしゃがんでガラスを見た。

私達は、無言でガラスを見つめていた。

 

 

泣く彼女と、星を作る私。

彼女と私が見るガラスの色は、きっと違う。

それは、見る角度のせいだけではない。

 

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渡部智佳/Tomoka Watabe

東京都出身。東北芸術工科大学 日本画コース卒。

10歳、絵描きを志す。2016年から記憶や無意識に眠る色彩や心象をガラスに閉じ込めるシリーズを発表している。

HP  http://porororo888.wixsite.com/tomoka-watabe