Storyteller in art Vol.6「『。』のものがたり」with ニシノユキコ
Storyteller in art 第6回は、映像作家のニシノユキコさんです。
アメリカのマサチューセッツ芸術大学で実験映像を学んだニシノさんの作品は、見ている人の意識を、根源的な「何か」に向かわせる力を持っています。
今回は、その作品の中の「Where I was born」という作品を取り上げさせていただきました。
「誕生する」ということは、産まれる本人にとっては究極的な受動です。個人の意志では何も選べずに、この世界での存在が、強制的にスタートする。一度スタートしてしまえば、何が起こるかわからない世界で「生きていかなければいけない」。笑ったり、泣いたりしながら、、、。
新年1発目は、そんなニシノさんの作品から、「誕生と不条理」というインスピレーションを受け、物語を書きました。
動画「Where I was born」
サイレンの音は大気を震わせて、私の日常を破壊した。
耳をつんざくような音はまだ耳に残っている。
避難区域になってしまったことを告げるサイレン。
飛んでいるμ線の量が、ついに私の町でも基準値を超えてしまった。
周囲の町は既に汚染されていたから、いつかこうなるという覚悟はしていたのだけれども。
これ以上あの町にいることはできなくて、私は長い距離を、μ線から逃げるために歩いてきた。
「ここなら安全だ」という誰かの言葉を、twitterを、頼りに。歩いて、歩いて、ここに逃げ込んできた。
「汚染」は、私にはもうどうすることもできない。
逃げて、逃げて、逃げて、
私の目の前には 、 白い家。
小さな入り口から中に入った。ケータイのアプリでμ線の数値を確認する。
安全域だ。
私は一息つく。
壁も天井も床も、すべてが真っ白だった。
白、というのは、生命感の無い色だ。しかし、ここはなぜか温かかった。
何かの中にいると言うのは不思議なもので、なんとなく安心してしまう。
私は、目を閉じて、ゆっくりと呼吸し、不安を外に押し出した。
こおおおおおお
、、、波の音が外からかすかに聞こえてくる。
波の音、が、私を包み込むように。
わずかに、外で、鳴っていた。
それは、まるで、どこか遠い遠い国の言葉のようだった。
私は、それを、聞く。
まるで、子守唄のように、この、内側を、包む、その、音。
『ワタシ、は……』
いや、その音は、波の音と別の音だ。声だ。
波の音を背景に、その声、は、何かを、何かを、話していた。
『ワタシ、は、今、ここにいます。
ワタシ、は、まだ誰にも会っていない。
ワタシ、は、なんか膜みたいな物の中。
ワタシ、は、ドアが開くのを待っている。
ワタシ、は、こおおおおおおという音を聞いている。
ワタシ、は、時間を飛び越える事ができない。
ワタシ、は、光の速度で走る事はできない。
ワタシ、は、出口まではすごく遠い。
ワタシ、は、0.9%の塩水の中、で、たゆたう。
ワタシ、は、なんとなく、進む。
ワタシ、は、こっちに、だけ、行く。
ワタシ、は、出て行かなければいけない。
……ワタシ、は、外で、何かが、聞こえる。
……ワタシ、は、それを、聞く。
ワタシ、は、聞こえないけど、それを、聞く』
一体ここはどこなのだろう。
部屋をもう一度見回した。
私の視界に入るのは、白、だけ。
気づくと、入り口は消えていた。そして、他に外に出られる所はない。
ここで、私は、どうやって生きていけばいいのだろうか。
まあ、いいか。ここは「汚染」されていない場所だ。
時間をかけて、考えよう。
私は、白い壁に囲まれた白い床に横になって、白い天井を見る。
こおおおおお、、
こおおおおおおおおおおおお、、、
こおおおおおおおおおおおおおおおお、、、、
、、、、、
「ここはもうだめです!」
私は男の声に起こされた。男は切迫した感じで、私の肩をつかんでいる。
「誰ですか?」
「そんなことはこの際関係ない。もう、ここはだめです。逃げましょう」
わめき散らすその男は、入り口も無いのに、どこから入ってきたのだろう、か。
「逃げましょう」
「は?」
「ここはもう駄目です。μ線の汚染が、」
「まだ大丈夫ですけど。ほら」
私はアプリを見せる。数値はほとんど変わっていない。
「けど、多分、もう駄目です」
「なんで?」
「私の予想です。独自の方程式を使った」
、、、せっかく手に入れた平穏を、こんなふざけたやつに脅かされてたまるか。
「根拠はないじゃないですか」「だから独自の」「独自の、って何なんですか」「独自です。こうなったら誰も信用できないですからね。自分で考えるしかない」「じゃあ私も、自分で考えさせてください」「危険ですよ」「けど、数値はかわって無いじゃないですか」
、、、あ
私はアプリを確認した。数値は、急上昇していた。あの一瞬で。ありえないくらい。
まじで?
「どうしたんですか?」
「数値が、、、あがってる」
「ほら、ここもそのうち危険域になりますよ」
なんだ、私に平穏は許されないのか。波の音を聞きながら、ちょっと横になる時間も許されないのか。
「逃げましょう」
「逃げる、、、どこに?」
「下の方に」
「下?」
「下です」
「南のこと?」
「多分、そうです」
「そっちは安全なの?」
「多分」
「多分?」
「少なくとも、汚染はされてません」
私はそちらへ行くことを躊躇する。なぜなら、
「急ぎましょう、ここは、汚染がひどくなるだけです」
「けど、なんだか、ここが温かくて、」
「何言ってるんですか?」
「南のほうが永久に絶対に安全なら行くけれど、また汚染されるかもしれないじゃない、ね」
「そうかもしれない」
「なら、出て行っても意味が無い」
「けれど、ここにはもういられないんです」
「けれど、逃げた先が汚染されたら」
「そしたら、また逃げればいいんです」
「そしたらまた、汚染、が追いかけてくる。逃げて、逃げて、逃げて、それでも追いかけてくるかもしれない、そしたらどうするの?私はどうしたらいいの?逃げて、逃げて、逃げて、ここまできたのに、また、逃げて、逃げて、逃げなきゃいけないの?なんで?なんで?なん、、、」
と、サイレン、の、音、
、が、私の時間を一瞬、止めた。
サイレン。汚染を告げる音。
それは、「あなたはもはやここにいることはできないのだ」と、いう宣告を下す音。
「もうだめです。早く、死にたいんですか」
「どこから逃げるの?」
そうだ、この部屋には出口がない。
「ここです」
男が指差した先には、なぜか小さな穴が開いていた。けれども、それは、私の指すら入らないのではないか、というくらい小さな小さな穴だった。
「早く!」
私は小さな穴を覗き込んでみた。しかし、外側は、真っ暗だ。私の未来は何も見えない。それくらい、小さな穴だった。
『ワタシ、は、今、ここにいます。
ワタシ、は、まだ誰にも会っていない。
ワタシ、は、なんか膜みたいな物の中。
ワタシ、は、ドアが開くのを待っている。
ワタシ、は、こおおおおおおという音を聞いている。
ワタシ、は、時間を飛び越える事ができない。
ワタシ、は、光の速度で走る事はできない。
ワタシ、は、出口まではすごく遠い。
ワタシ、は、0.9%の塩水の中、で、たゆたう。
ワタシ、は、なんとなく、進む。
ワタシ、は、こっちに、だけ、行く。
ワタシ、は、出て行かなければいけない。
……ワタシ、は、外で、何かが、聞こえる。
……ワタシ、は、それを、聞く。
ワタシ、は、聞こえないけど、それを、聞く』
サイレンの音がなる。
サイレンの音は大気を震わせて、私たちの日常を、破壊していく。
けれども、私たちの日常は死ぬことは無くて、
破壊された日常が日常になる。
私は、その、日常を生きていかなくてはいけない。
私は出口に向かう。
これ以上この場所にいることはできないから。
外に出なければいけない。
外で何があるかはわからないけれど。
私は生きているのだから、
だから、私は、歩かなければいけない。
だから、私は、出て行かなければいけない。
小さな穴、から。
そうだ、ここを出たら、思い切り泣いてやろう。大きな声で。
たとえどんな場所であろうとも、いつかμ線に汚染される場所であろうと。
私は、確かに、存在する、のだから。
「。」
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ニシノユキコ/Yukiko Nishino
大阪芸術大学映像学科で映画制作を学んだ後、マサチューセッツ芸術大学大学院にて実験映像を中心に学ぶ。
8mmフィルム撮影、コマ撮りなどを得意とし、女性の体をモチーフにした食品や絵の具などの映像を海や森の自然風景と合成させた作品が多い
Web:https://ynishino4.wixsite.com/ringo