Storyteller in art

様々な分野で活動されている方の作品からインスピレーションを受けて短い物語を書いています

Storyteller in art Vol.2「終わりと始まりの一日」with 松本耕平

「Storyteller in art」

第2回は、シンガーソングライターの松本耕平さんです。

耕平さんは、先週末に本番を終えた、萩谷が脚本を担当した舞台「きざむおと、」に出演してくださいました。最初に現場で「一日」という曲を生で聞いたとき、まっすぐな熱量を持って心に響いてくる歌声に、後頭部辺りが震えた感覚は、明確に残っています。キラキラしすぎていない、リアルな希望を唄う歌、とても素敵です。

そんな耕平さん。今年、5月から一ヶ月の間、唄いに行った事もない、知り合いもいない沖縄に滞在し、現地でライブ活動を行っていたそうです。そして、滞在最終日にはなんと知り合いゼロから、60人を動員するワンマンライブを開催してしまう、という、ものすごいバイタリティーの持ち主でもあります。

 

今回は、そんな彼の歌にインスピレーションを受けて物語を書きました。

挿入歌的に使わせていただいたのは「証」という曲です。

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始まりの一日は、全てが終わった次の日にやってくる。

 

 

新居である築50年の平屋の木造家屋には、今日引っ越してきたばかりだった。

慣れない畳の部屋にぽつりと一人で突っ立って、ぼんやりと所々剥がれた壁紙や、痛んだ柱を眺めていると、体中の力が抜けて行く。

 

30歳になり、地元に帰る事になったが、この歳になって親元で暮らすのもなんだかちょっと嫌だった。かと言って、地元で賃貸というのもばからしい。と、思ったら、丁度親戚が管理している家が空き家になったらしく、格安で住ませてもらえる事になった。人生は目に見えない何かに導かれている、と言うが、どうやら、自分の人生は地元に住むように導かれているらしい。

 

 

 

縁側に立つと、隣の庭が見えた。一本の細い紅葉の木と、横に大きな切り株が見えた。

幼稚園の頃、近所の公園の切り株を毎日眺めていた時期があった。

「ここにある輪っかみたいなものは、ねんりん、というの。これを見ると、その木が何歳かがわかるのよ」

母にそう教えられ、ねんりん、が増えて行く様子を見てみたいと思ったのだ。

毎日、毎日通った。

しかし、ねんりん、が増えていくことは決してなかった。

生きている木しか年輪は刻めない、という事をそこで初めて知った。

 

生きている人間にしか、日々を刻めないように。

 

「さて、これからどうしようか」

縁側に腰掛けて、つぶやいた。さしあたり、やらなければいけないことは、荷解きと掃除。

問題は、その後だ。

仕事を見つけなければいけない、のだが、当てはない。

仕事なんか地元戻れば何とかなるだろう、と、いう感じで帰ってきてしまった。

 

縁側を一匹の蟻がえさを運びながら歩いているのが目に入った。

虫だって、ちゃんと目的を持って、役割を果たしている。

……虫以下。

 

、、、、、、、、、、

 

 

東京にいたときは、絵を描いていた。大学で油絵を専攻して、卒業して、ふらふらしながら時々やっぱり絵を描いて展覧会を開いていた。近所に借りたアトリエで一日を過ごし、絵が描けない日は、近くの立ち飲み屋で飲む。飲んでスッキリ嫌な事を忘れたい、と、いう一心だが、たいていは、血流が加速するのに合わせてネガティブな思考回路が加速するだけだった。

 

「……こんな人生、虫以下だな」

その日もアトリエで一日を無為に過ごし、安い立ち飲み屋でレモンハイをたくさん飲み、帰る所だった。

携帯を取り出す。時間は既に午前三時を回っていた。

まだ、シオリは起きてるだろうか。

LINEを起動して、「トーク」の一番上にあった「シオリ」とのトーク画面を開いた。

 

『描けない』

 

 

『そう』

十秒後に返事が来た。

 

『今何してるれ』『何してる?』

『本読んでる』

『何の本?』

『写真の』

『合おうよ』『会おうよ』

『いつ』

『明日』

『何時?』

『十字』『十時』

『AM?PM?』

『AM』

『もう三時だよ。ちょっと早いよ』

『じゃあPM』

『遅い』

『じゃあGM』

『は?』

『AとMの間をとって』

(既読)

 

返信が来ない。

 

東京もこの時間になると人がいない。

僕は孤独から耳を塞ぐようにイヤホンを耳に入れた。

そして、プレーヤーの画面も見ずに、再生ボタンを押した。

耳を塞げれば、何の曲でも良かった。

 

『ネガティブがあるから今の君があるんだよ。』

LINEが帰ってきた。

シオリの口癖だった。大学院で写真を勉強している彼女は、いつもネガティブな話になると、こう返してくる。

フィルム写真はネガを現像して、初めて、いわゆる写真になる。

だから、ネガティブになって初めて、新しい自分が現像される、と、いうのが彼女の論理だ。

よくわかるようなよくわからないような。

 

『幸せなときも どん底のときも 等しくこの鼓動は脈を打つ

 誰でも一つ たった一つ 胸の奥に秘めた鍵を開けて旅に出る』

 

イヤホンからは、とてつもなくポジティブな言葉の濁流が流れてくる。

なんでも良かったけど、なんでよりによってこの歌なんだ。

僕の鼓動はどん底のときは酒のせいで早くなる。

 

明日こそは描こう。

決めたのだ。30歳。そこがタイムリミットだ。それまでに賞をとる。そして、そのあと海外で作品をつくるのだ。それができなかったら、スッパリ全てをあきらめ、終わりにしよう。

『それが証 これが証 風に案山子 涙流し

 だけど勘違いしないでもらいたいのは

 まだ何も諦めちゃいねえし戦えるってこと

 生きて 生きて』

生きるのだ。

東京の喧騒にまみれた夜風を、大きく吸い込んで、吐いた。

 

、、、、、、、、、、

 

静かに風が吹いた。

田舎の風は、優しくも悲しい物を孕んでいた。

畳に横になる。

スッパリ全てを終わりにしても、日々はまだ続いていた。

 

「さて、ここからどうやって生きていこうか」

僕は縁側から立ち上がる。

「ちょっと、何でなんにもやってないのよ」

帰ってきたシオリは、買い物袋を下げて、あきれ顔で立っていた。

「掃除道具買ってくる間に、荷解きしとくって言ってたじゃん。」

「うん。」

「ほら、片付けるよ。」

「うん。」

 

シオリと僕は、荷物を片付け始めた。

 

 

 

「これからどうしようか」

シオリがぽつりとつぶやいた。

「貯金はある」

「ほんのちょっとね。二人の合わせても」

「とりあえずさ、ビール飲もうよ、ビール」

「始めたばっかじゃん」

「疲れちゃった」

「何に?」

「ゴロゴロしてるのに」

「ダメ人間」

「虫ケラよりはダメ人間のほうがいいね。人間だから」

「何それ」

「ダメ人間になろう」

彼女は失笑する。

けれど僕は知っている。

ぞうきんやら洗剤やらの入ったビニール袋に缶ビールと日本酒の瓶と柿ピーが入っている事を。

 

僕はシオリの持っていたビニール袋から、缶ビールを二本取り出して、縁側に座った。

シオリは隣に座った。

 

「乾杯」

「何に?」

「記念すべき始まりの一日に」

 

僕たちはビールを飲んで、庭に目をやった。

大きな切り株の横にある若い木は、凛と立っていた。

僕は終わったけれど、終わっていない。

これからは、この場所で、この人と、一日一日を過ごして行く。

 

 

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松本耕平/Kohei Matsumoto

浦和出身。日本全国を旅するシンガーソングライター。

 

 

Web http://ameblo.jp/sing-love-life

Twitter @Koheyheyho