#7 「シェリー、のち、泡盛」
「クソ彼氏」
私は泡盛を飲み終えて、乱暴にグラスをテーブルに置くと、つぶやいた。
泡盛の独特の味が、口と脳を満たしていく。
あのクソ彼氏は、私の事を1時まで待たせた挙げ句、「ごめん、飲み会抜けられなくて!」というLINEを送ってきた。
だから、私は、孤独にバーにいる。
小さな駅の小さなバー。
すでに3時。火曜日の深夜。客は2人しかいなかった。
もう一人は男で、そんなに高くは無いであろうスーツを着ている。
30歳くらいか。二つとなりの席でブラックニッカを飲んでいた。
私はこの場所が好きだ。
ここでは、両方飲んでもたった千円で済んでしまう。最高だ。
ある日、マスターが誇らしげに「ここには六種類のシェリー酒と四種類の泡盛があるんですよ」なんてことを言っていた、が、私にとってはそんなことどうでも良かった。
私に必要なのは、シェリー酒を飲んで、その後に泡盛を飲むことだけだ。味なんてどうでもいい。
二つ隣の男が近寄ってきた。
「しかも、美味しくないやつ選んだっしょ?」
うわ、絶対めんどくさい人だ、と、思った。が、そういう風に、色々言ってくる男は嫌いじゃない。私の飲み方が変なのは知っている。だから、逆に、その飲み方素敵です、とか言ってくる男の方が信用できない。
「ここ、良く来るの?」
「まあ」
「俺、ここ初めてなんだけど、いいとこだね」
「そうね」
「知ってる?ここ、めっちゃ美味しいシェリーがあるんだよ。さっき見つけた。そっち飲みなよ。おごるから」
最初、私は断ったが、注文してしまった。
私は、意見をしてくる男が好きだ。けれど、無理矢理私を変えようとする男は最悪だ。
めんどくさい。知ってる。けど、それが私だから。
マスターは、私の方をちらっと見た。私は、仕方が無く無言で頷いた。
グラスにシェリーが注がれている間、男はシェリーに関するどうでもいいうんちくを垂れていた。
「飲んでみ」
グラスに注がれた「美味しい」シェリーは、さっき飲んだやつと全く同じに見えた。
うざったい視線を感じながら飲んでみる。シェリーの味が泡盛に満たされた口と脳を侵蝕してきた。
「そんな男と一緒にいない方がいいよ」
「え?」
「さっきマスターに愚痴ってたの聞いたよ。ひどいね。」
「私もそう思う」
「でしょ」
彼は、私の手を触ってきた。
だから、私は、彼の手を思い切り叩いた。
彼は呆気にとられて私を見た。
「ブラックニッカを味わったあとに女を味わうなんて、悪趣味」
私は、意見をしてくる男が好きだ。けれど、無理矢理私を変えようとする男は最悪だ。
私はシェリー酒を一気に飲み、立ち上がる。
三時半。いい時間だ。
私は千円札を置き、男を残して外に出た。
外の風は冷たかった。もう10月になってしまった。
私は、クソ彼氏のことを考えた。きっと家に帰ってきてるだろう。
シェリー酒を飲んだ後に泡盛を飲むという、悪趣味の男は、だいたい日の出前には家に帰っている。オールができないのだ。
あいつの家には泡盛があったはず、たしか。