MoonCupRoof

劇作家・演出家、萩谷至史の日々のあれこれ、や、短い作品たち

#5「けみるみねっせんす」

きょ / うは / いいよ / る / だ / なあ、、、

 

散歩からの帰り道。昼間の熱さは大気から姿を消し、風の流れる心地よい夜、が満ちていた。一歩一歩、乾いた地面を踏みしめる。その度に、青い燐光が地面から浮かび上がっては消えた。

 

ま / いに / ちこ / んなかん / じな / らい / いのに

 

周囲にはおびただしい数のガレキ。建物の壁や屋根。むき出しになって錆び付いたシンクや、家財道具もある。もう、3年間見続けているが、未だに、風景の一部にはなってくれていない。人口1人の今となっては、これが、もともと人口百万人の街だったなんて信じられない。いつか、これが風景になってくれるのだろうか。遠い、未来、に。

後ろを振り向いた。この場所には、高い建物も、樹木も存在しない。3年前になくなってしまった。街、空間、は、どこまでも遠くまで見渡す事ができる。自分が歩いてきたところに、巻き上げられた青白い燐光の残りが漂い、神秘的な道ができていた。

 

あ / おい / み / ち

 

小さく、音を出した。

浮かんだ燐光が落ち着くまでぼんやりと眺めている。と、後方から、白い一筋の光、が、頭上高くを通って、遠くに向かっていった。

 

「今日は早いんだね」

 

空を見上げた。高い高い所に、全身を真っ白な光る布に身を包んだ少年が、ぷかぷかとあぐらをかいて浮いている。手には白く光る大きな正方形の紙がある。彼は、それを上空で紙飛行機の形に、丁寧に折って、遠くに向かって投げていた。投げられた飛行機は、一筋の光となって、夜空に長い直線をひき、消える。

 

「今日は500枚も投げたんだよ」

 

言いながらも、紙飛行機を作って投げる手は止めない。光の矢は、次々と少年の手から放たれていく。

 

天使、、、と、彼は言った。最初に出会ったのは3年前。あの日、の夜だった。廃墟と化した街の上空に突然現れて、休む事無く紙飛行機を投げ続けている。

 

あ / とな / ん / ま / い / やればお / わ / るの / ?

 

長い沈黙。僕の声は彼の方には届いていない、のだ。僕は彼の声を待たなければ行けない。一方的に。返事(届いていない声に対して「返事」というのもおかしな話だが)を待つ間、僕は、現れては消える光の筋を見たり、足下の砂を蹴り上げて、青い燐光を踊らせたりしていた。

 

「今日、上司からもっとペース上げろって言われたんだよね。けどさぁ、こっちだって一生懸命やってるわけ。あいつ、事前にどれくらい時間がかかるか、ちゃんと計算できてなかったんだよ。この国でこんなに人が死ぬ事なんてなかったからさ。けど、どの国だって、そういうことはあり得るんだから、ちゃんと想定しとけって話だよね」

 

また一枚、飛んだ。

一枚一枚の紙飛行機には、それぞれ死者一人一人への祈りが宿っているらしい。妻の紙飛行機は、もう飛んだだろうか。

 

「僕のノルマはあと806521枚だよ。何年かかることやら……」

 

ぼ / くがし / ぬ / のとど / っ / ちがさ / きだろ / う

 

「それにしてもさ、君たちって面白いよね。なんか、死ぬ事を恐れてさ、色々な方法で過剰に自分たちを守って、その結果、こうやってみんな死ぬんだ。爆弾で、青白く光る化学物質をまき散らして。いい迷惑だって、他の動物は言ってるよ。君は何で生きてるの。何で生き残ってるの?」

 

し / ら / な / い

 

「まあいいや、その、青白いゴミのせいで、君もいつかは死ぬんだ」

 

そん / な / ことし / って / るよ / ば / かやろ / う

 

誰にも届かない音を空間に投げる。沈黙。使う者がいなくなった言語は、意味の伝達という機能を果たさない。この言葉に、もう、意味などない。ただの、音、だ。ただ、自分一人を安心させる、音。だから、自分が心地よいリズムで、声帯を震わせる。まるで、できそこないの、歌のようだ。できそこない。けれど、それでいい。観客はいない。

 

ぼ / くは / あ / とど / れ / くらいい / きら / れ / るの / か / わか / らないしそ / れを / かんが / えてもい / み / がな / いき / が / す / るから / か / んがえないよ / う / にし / ている 

 

燐光。

僕は、僕の、この音に合わせてダンスを踊った。天使の下。地面を蹴り上げるたびに、地面に着地する度に、地面を踏む度に、よたつく度に、青白い光が巻き上げられて、僕を包む。僕は、踊る。燐光を、散らしながら。誰かに、何か、を、伝えたくて、青白い、化学発光、は、どこにも、届かない。僕は、巻き上げた光に包まれる、何も、見えない。化学発光、は、ただ、大気を通って、肺に、胃に、脳に、入って、蓄積していく、、、。

 

光の筋が一本。

 

僕は地面に膝をついた。全力で踊れる時間が、段々短くなってきている。呼吸が苦しい。心地よい風が、身体をゆっくりと冷やしていく。青白い光はゆっくりと地面に降ってきて、ガレキの景色が再び目の前に姿を現す。

 

地面には、向かい合っている二匹のアリの姿があった。

 

あいしあ / ってい / るのそ / れ / ともた / たか / っている / の

 

僕の意味は届かない。

二匹のアリの周囲には、大気中に舞った青白い光がゆっくりと降り注いでいた。